アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ

正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」。創価学会や顕正会は勿論の事、その本家本元の日蓮正宗自体も「目くそ鼻くそを笑う」的なものだ。創価学会、SGIや冨士大石寺顕正会、正信会、その他の分派団体……これらの親元・生みの親・育ての親・本家本元は、日蓮正宗です。 伝統仏教の仮面をかぶり、国際人権規約(条約)違反の人権侵害を行い、信教の自由から逸脱した専横活動を行い、一般国民の信教の自由を踏みにじる弾圧を行うカルト宗教を規制する新立法・新条約制定を目指します。日蓮正宗、創価学会、顕正会をカルト宗教に指定して司法監視せよ。反日蓮正宗系活動はカルト宗教の専横・独裁・専政・弾圧に抵抗する現代の自由民権運動である。 (「日蓮七百遠忌大法会」終了後、記念撮影する大石寺67世阿部日顕ら日蓮正宗首脳僧侶と池田大作ら創価学会首脳・昭和56(1981)年10月17日付け聖教新聞)

2017年02月

□正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」です
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/29372252.html
□反日蓮正宗・反創価学会・反顕正会・反正信会路線の「アンチ日蓮正宗」
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_695541.html
「仏教宗学研究会」とは「アンチ日蓮正宗」管理人が設立した会の名称。この会の中で、「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。富士門流執着軍団批判は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄だが、「日蓮正宗系」以外の富士門流寺院の調査・研究は「仏教宗学研究会のブログ」の管轄。「仏教宗学研究会」への誹謗中傷に対する反撃・糾弾は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」から、カルト宗教対策、カルト宗教取締特別立法、カルト宗教拡散防止条約制定の活動部分を独立させたものが「国際カルト宗教対策委員会(Icat-Cult)」
□「アンチ日蓮正宗」「Icat-Cult」「仏教宗学研究会」は表裏一体の同体」
http://international-committee-against-cult.doorblog.jp/archives/1655529.html
□「国際カルト宗教対策委員会・公式ブログ」
http://international-committee-against-cult.doorblog.jp/
□「アンチ日蓮正宗」の5番目の批判ターゲットに「富士門流執着軍団」を指定
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/38818720.html
□「アンチ日蓮正宗」の基本方針・基本政策・メインテーマ
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1081721.html

□日蓮正宗とは伝統仏教の仮面をかぶるカルト・宗教詐欺集団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1155403.html
□創価学会は伝統仏教の仮面をかぶるカルト・謀略政治団体である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_622031.html
□冨士大石寺顕正会とは伝統仏教の仮面を被るカルト・暴力集団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_496386.html
□妙観講とは伝統仏教の仮面をかぶるカルト・謀略集団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_690733.html
□日蓮正宗正信会とは日蓮正宗の仮面をかぶる創価学会の分派である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_496387.html
□「富士門流執着軍団」とは伝統仏教の仮面を被る謀略軍団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1055717.html
□日蓮正宗・創価学会・顕正会・正信会は同じ穴の狢・同罪である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_174276.html
□日蓮正宗管長・代表役員・大石寺法主への離檀宣告書の書式
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/30268020.html
□日蓮正宗からの離檀1(離檀届)
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17606850.html
□創価学会からの脱会1(脱会届)
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17607967.html
□冨士大石寺顕正会からの脱会1(脱会届)
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17611881.html
□正信会からの脱会1(離檀届)
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17613697.html
□日蓮正宗批判・創価学会批判・顕正会批判は他のカルト宗教批判と構造が異なる
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/33730660.html
□「アンチ日蓮正宗」は永世中立・非同盟・不偏不党・自主独立機関
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_689583.html
□アンチ日蓮正宗・コミュ・ブログ・管理人
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_613423.html
□「アンチ日蓮正宗」の主宰者・管理人は無宗教である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/9893862.html
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/9911806.html
□「アンチ日蓮正宗」はいかなる団体・宗派も支持しない・連合しない
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/10655360.html
□「アンチ日蓮正宗」は単なる数合わせの政治的野合・連合体をめざさない
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/35069469.html
□「『アンチ日蓮正宗』の内容は正確で、問題の本質をとらえている」と日蓮正宗の現役信者・元信者が認めている
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/12617039.html
□「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」管理人の自叙伝
「実録・となりの創価学会員・法華講員」
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_610577.html
<注意事項>
□「アンチ日蓮正宗」の全ての記事・写真等の無断転載、無断使用、無断複製、無断模倣は厳禁です
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17463344.html
□「「3ブログ」は言論の自由・表現の自由のサイトであり名誉毀損・誹謗中傷・業務妨害サイトではない」
http://bukkyoshugakukenkyukai.doorblog.jp/archives/49127458.html
□「ニセhide」「ニセアンチ日蓮正宗」の謀略にご注意下さい
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1186234.html
□英昭彦以外の者が他のインターネットサイト・SNS・他の著作物等で「アンチ日蓮正宗」管理人「hide」を名乗ることを厳禁する

□日蓮正宗系カルト対策とオウム・統一教会・幸福の科学等のカルト対策は別個である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/30040491.html
□「日蓮正宗系」離檀・離宗・脱会確認後、最低5年間は『様子見期間』とさせていただいています
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/43144396.html

<協力要請>

□「日蓮正宗系」カルトを離檀・離宗・脱会された方々へ情報提供・内部告発の協力要請
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/43712967.html
<ご相談>
□御相談は全て管理人の電話にて受け付けていますので電話をお願いします
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/42053605.html
□管理人の連絡先
(mobile)
080-6553-2774
anti-nichirenshoshu@ezweb.ne.jp
(telephone)
03-6325-6401
(FAX)
03-6325-7926
(PC)
anti_nichirenshoshu@jcom.zaq.ne.jp
(管理人名)英昭彦(hide_akihiko)

日蓮正宗は「信教の自由」から大きく逸脱した折伏・布教活動を即時中止せよPART1

□折伏誓願目標未達成の住職が呼びつけられネチネチと「つるし上げ」られる「折伏推進指導会」

 

201715日、日蓮正宗総本山大石寺の境内にある日蓮正宗宗務院庁舎の大会議室にて、大石寺68世早瀬日如法主が臨席して、「折伏推進指導会」が開催された。平成292月号「大日蓮」の報道によれば、「折伏推進指導会」は15日の午前1030分と午後130分の二回、行われたという。大石寺では全日の14日、全国の日蓮正宗末寺の僧侶・寺族が登山して「末寺僧侶・寺族初登山会」が行われ、午前中は大石寺68世早瀬日如、大石寺67世阿部日顕への目通り(面会)と新年の挨拶、奉安堂での「戒壇の大本尊」内拝、午後は大講堂にて法主以下、日蓮正宗の僧侶と寺族が一堂に会しての新年祝賀会、つまり酒盛りの大宴会が行われた。

そしてその翌日に行われた「折伏推進指導会」とは、2016年度の末寺寺院・法華講支部の折伏誓願目標が達成できなかった法華講支部指導教師(末寺住職)を集めて、「具体的な指導」を行うというもの。つまり前年の折伏誓願目標が達成できなかった住職は、酒盛りの大宴会の終了後も、大石寺に留め置かれ、「折伏推進指導会」に出席させられたというわけである。

ではどれだけの住職が「折伏推進指導会」に出席させられたのか。平成292月号「大日蓮」p50に載っている写真を分析してみると、2人掛けの机がタテ6列、ヨコ8列並んでいる。そうすると出席僧侶は2人×6列×8列×2日で192人。そうすると日蓮正宗は、日本全国・海外で619ヶ寺あるので、全体の約3割以上の寺院が、前年の折伏誓願目標が未達成だったことになる。

そういう寺院の住職たちを集合させて、「オマエの寺院は、どうして折伏誓願目標が達成できなかったのか」と、ネチネチと指導される。それだけではない。

日蓮正宗では、前年2016916日、大石寺境内の宗務院庁舎にて、2016年度の折伏誓願目標達成に大幅な遅れが見られる法華講支部指導教師(住職)を集めて「折伏推進指導会」を行っている。これを報道する平成2811月号「大日蓮」によれば、これには大石寺68世早瀬日如法主、阿部信彰布教部長、新井契道副布教部長、3人の折伏推進委員からネチネチと指導された他、さらに加えて「折伏推進指導会」終了後、折伏誓願目標達成に大幅な遅れが見られる住職一人一人を呼びつけて、ネチネチと個別指導までが行われている。ここまで来たら、これは「指導」というより、折伏誓願目標未達成の住職に対する懲罰的な「つるし上げ」、全国末寺住職に対して、「折伏誓願目標が未達成だったら、こうなるんだぞ」という「見せしめ」的懲罰に等しい。

さらに2016年度では、112日から日蓮正宗の全国48布教区別に「法華講員80万人体勢構築推進僧俗指導会」を、510日には大石寺の宗務院庁舎で「布教研修会」を、62日~10日まで、同じく大石寺の宗務院庁舎にて「所属信徒別指導会」を行っている。

これらいずれの「指導会」も、各法華講支部に割り振られた折伏誓願目標を達成させるため。目標が達成されれば何事もないが、その年の折伏誓願目標達成に大幅な遅れが見られるとなれば、9月の「折伏推進指導会」に住職が呼びつけられて、ネチネチと指導される。そしてさらに未達成確定となれば、さらに翌年1月の「折伏推進指導会」に住職が呼びつけられて、実質的な「つるし上げ」を喰らってしまうというわけである。

 

2大日蓮)
 

(平成292月号「大日蓮」が報道じる201715日の「折伏推進指導会」)

 

続きを読む

大石寺偽墓の欺瞞を暴く(51)~毎年12月15日の下之坊御会式で日目「墓参」をしたと宣伝する大石寺の欺瞞を斬る

■検証51・大石寺に「大石寺三祖日目の正墓」は存在しない10

 

□日蓮正宗は毎年1215日の下之坊御会式で日目「墓参」と称する儀式を即刻中止せよ

 

日蓮正宗では毎年1215日に、大石寺法主が静岡県富士宮市の大石寺の南約2キロぐらいの所にある下之坊という名前の寺院に下向し、下之坊の御会式とともに、大石寺三祖日目の「墓参」と称する儀式を行っている。20161215日も、大石寺68世早瀬日如法主が下之坊に下向し、日蓮正宗の大勢の僧侶が出仕。さらに全国各地の日蓮正宗信徒が参詣して盛大に、下之坊御会式と大石寺三祖日目の「墓参」が行われたことが、平成292月号「大日蓮」に載っている。

「アンチ日蓮正宗」では、当シリーズにおいて、大石寺三祖日目の正墓は大石寺・下之坊になく、日蓮本宗本山・京都要法寺の末寺・鳥辺山實報寺にある、と再三にわたって指摘してきている。

大石寺59世法主堀日亨編纂『富士宗学要集』8p6971に収録されている、京都・東山の延年寺墓地に葬られた日目の墓地を、富士門流が延年寺から墓地を四度にわたって買い取って、墓域を拡張した四通の文書(堀日亨は売券と呼んでいる)によって、日目が京都・鳥辺山の延年寺墓地に葬られたことは明らかである。この古文書を堀日亨は正文書と認めており、さらに上代の法主である大石寺17世日精も、「家中抄」で、日目は京都・東山・鳥辺野に葬られたと書いている。つまり日蓮正宗大石寺の上代の法主が、大石寺三祖日目は京都・鳥辺山に葬られたと認めているのである。大石寺・下之坊にある日蓮正宗が「日目上人の墓」と自称するものはニセ墓である。

ところが日蓮正宗では、毎年毎年1215日に大石寺三祖日目の「墓参」と称する儀式を行い、さらに1982(昭和57)1215日には、日目第六百五十回遠忌を大石寺で行い、日目の「廟参」を行ったと宣伝している。

これらはいずれも大石寺や下之坊に、大石寺三祖日目の墓があるのだ、というウソを、日蓮正宗の信徒に信じ込ませるための、パフォーマンスであろうと思われる。大石寺三祖日目の正墓は大石寺・下之坊になく、日蓮本宗本山・京都要法寺の末寺・鳥辺山實報寺にあるのだから、日蓮正宗は毎年1215日の下之坊御会式で日目「墓参」と称する儀式を即刻中止すべきである。

日蓮正宗は、大石寺三祖日目「墓参」と称する儀式を行いたいのなら、日蓮本宗本山・京都要法寺の末寺・鳥辺山實報寺で行うべきである。

 

下之坊・日目墓参1
 

(平成292月号「大日蓮」に載っている大石寺三祖日目の「墓参」と称する儀式)

 

下之坊御会式1


下之坊御会式2
 

(平成292月号「大日蓮」に載っている下之坊の御会式)

 

日蓮正宗華王寺初代住職・日蓮正宗宗務院3代海外部長・前川日秀(慈筆)氏が死去

□韓国「法華講」信徒を約10年間、大石寺登山停止にしてしまった海外部長・前川日秀(慈筆)

 

201711日、東京・練馬区の日蓮正宗寺院・華王寺の初代住職・前川日秀(慈筆)氏が、92才で死去した。大石寺68世早瀬日如法主が華王寺に下向して行われた前川日秀(慈筆)氏の通夜、葬儀の模様が、平成292月号「大日蓮」に載っている。

平成292月号「大日蓮」の報道によれば、前川日秀(慈筆)氏は大正13(1924)66日、大阪府の出身。父親は、大石寺塔中久成坊住職、日蓮正宗参議会議長などを歴任した前川日順(慈寛)氏である。1924年生まれということは、1922年生まれの大石寺67世阿部日顕法主より2才年下。1935年生まれの大石寺68世早瀬日如法主よりも11才も年上である。前川日秀(慈筆)氏は昭和15(1940)624日、16才で大石寺62世鈴木日恭法主を師僧として出家・得度。昭和22(1947)4月、23才で新説免許。教師に昇進し、「慈筆房日秀」との名をもらった。大石寺68世早瀬日如法主は、1943年の出家得度。1960年の新説免許であるから、前川日秀(慈筆)氏は、大石寺68世早瀬日如法主よりもはるかに「先輩格」の僧侶である。

前川日秀(慈筆)氏の住職歴は、昭和32(1957)9月に山口県下関市の妙宝寺住職、昭和38(1963)4月、静岡県富士宮市の下之坊住職、昭和39(1964)3月、大石寺塔中百貫坊住職。そして昭和44(1969)2月、東京・練馬区の華王寺初代住職に任命された。ちなみに、東京・練馬区の華王寺とは、創価学会の寄進・供養により建立された日蓮正宗寺院。当時の本堂に祀られていた板本尊には、「願主 法華講総講頭 池田大作」の名前が入っていた。ところが1983(昭和58)2月、前川日秀(慈筆)氏は木造建築の寺院庫裡・本堂を、鉄筋コンクリート造りの寺院庫裡・本堂に新築。これにともない新たに本堂に祀る板本尊を法主に申請。当時の法主・大石寺67世阿部日顕が華王寺に下向して新築落慶法要が行われ、新しい本堂には、願主に前川日秀(慈筆)氏の法名が入った新しい板本尊が祀られ、「願主 法華講総講頭 池田大作」の名前が入っていた板本尊は、新しい客殿に移動した。

さてこの前川日秀(慈筆)氏は、教師昇進後、宗会議員、富士学林教授、全国布教師、上野幼稚園園長、日蓮七百遠忌局委員、遠忌局常任委員会委員、日興・日目六百五十回遠忌奉修委員会委員、財団法人妙観会理事、大石寺開創七百年慶祝奉修委員会委員、参議、監正員、監正会会長、日蓮・立正安国論七百五十年記念局委員、日蓮生誕八百年慶祝記念局委員といった、そうそうたる日蓮正宗の要職を歴任してきているのだが、その要職の中で、菅野日龍(慈雲)氏につづく日蓮正宗宗務院の三代目・海外部長だったことは、以外と知られていない。(日蓮正宗宗務院海外部長は、初代・菅野日龍(慈雲)氏、二代・早瀬義孔氏、三代・前川日秀(慈筆)氏、四代・尾林広徳(日至)氏、五代・漆畑行雄氏)。日蓮正宗の海外布教関連では、1980(昭和55)11月に大韓日蓮正宗法華講仏教徒会の指導教師、1983(昭和58)7月から6年、アメリカ合衆国の日蓮正宗宗教法人であるNST(日蓮正宗寺院)の理事を務めている。前川日秀(慈筆)氏が、日蓮正宗宗務院海外部長だった時期は、1981(昭和56)1月から1988(昭和63)8月までの約77ヶ月の間。その直前に大韓日蓮正宗法華講仏教徒会の指導教師という役職の辞令を受けている。

 

続きを読む

日蓮本仏義は9世日有の偽作だ(83)~大石寺9世日有の代に左京阿闍梨日教(本是院日叶)の文献に登場する「日蓮本仏義」

■検証83「日蓮本仏義」偽作の動機5・大石寺法主の権威確立のため3

 

□大石寺9世日有の代に左京阿闍梨日教(本是院日叶)の文献に登場する「日蓮本仏義」

 

日蓮を人本尊(本仏としての本尊)とする教義を大石寺門流の中で、明確に確立したのは、大石寺9世日有である。大石寺9世日有は、弟子の南条日住が筆録した「化儀抄」において、

「当宗の本尊の事、日蓮聖人に限り奉るべし」(日蓮正宗大石寺59世法主・堀日亨が編纂した『富士宗学要集』1巻相伝信条部p65)

 

当宗の本尊の事、日蓮聖人に限り奉るべし


当宗本尊事、日蓮聖人限奉るべし
 

大石寺9世日有の説法の聞書を筆録した「有師談諸聞書」には

「高祖(日蓮)大聖は我れ等が為に三徳有縁の主師親・唯我一人の御尊位と云へり」(「有師談諸聞書」大石寺59世堀日亨が編纂した『富士宗学要集』2p159)

 

高祖大聖は我等為に三徳有縁主師親・唯我一人御尊位
 

という大石寺9世日有の説法が残されていて、日蓮の位は、法華経で「唯我一人能為救護」と説いた釈迦牟尼と同じ仏の位であると大石寺9世日有が言っている。 大石寺9世日有の時代に、京都の日尊門流から大石寺9世日有に帰伏し、大石寺9世日有の教義展開の旗振り役を演じた大石寺の僧侶・左京阿闍梨日教は、大石寺9世日有の日蓮本仏義に付随する形で

「本門の教主釈尊とは日蓮聖人の御事なり」(日蓮正宗大石寺59世法主・堀日亨が編纂した『富士宗学要集』2p182収録・左京阿闍梨日教「百五十箇条」より)

 

本門教主釈尊とは日蓮聖人御事
 

「当家には本門の教主釈尊とは名字の位・日蓮聖人にて御座すなり」(日蓮正宗大石寺59世法主・堀日亨が編纂した『富士宗学要集』2p320収録の日教の著書「類聚翰集私」より)

 

当家本門教主釈尊名字位日蓮聖人
 

等と述べて、日蓮本仏義を鼓舞している。さらに同じく左京阿闍梨日教(本是院日叶)の著書「百五十箇条」「類聚翰集私」には「百六箇抄」の「日蓮本仏義」を引用して

「下種の法華経教主の本迹、 自受用身は本、上行日蓮は迹なり、我等が内証の寿量品とは脱益寿量の文底の本因妙の事なり。其の教主は某なり。

「不渡余行法華経の本迹、 義理上に同じ。直達の法華は本門、唱ふる釈迦は迹なり。今日蓮が修行は久遠名字の振舞に芥爾計も違はざるなり」

(「百五十箇条」大石寺59世堀日亨編纂「富士宗学要集」2p182)

 

二箇相承初出1下種法華経教主本迹内証寿量品寿量文底本因妙事教主某
 

「不渡余行法華経の本迹、 義理上に同じ。直達の法華は本門、唱ふる釈迦は迹なり。今日蓮が修行は久遠名字の振舞に芥爾計も違はざるなり」

「下種の法華経教主の本迹、 自受用身は本、上行日蓮は迹なり、我等が内証の寿量品とは脱益寿量の文底の本因妙の事なり。其の教主は某なり。」

(「類聚翰集私」大石寺59世堀日亨編纂「富士宗学要集」2p314)

 

百六箇抄初出2下種法華経教主本迹寿量品文底本因妙事其教主某

 

かくして左京阿闍梨日教(本是院日叶)が、大石寺9世日有の代に「日蓮本仏義」を鼓舞している。

 

 

続きを読む

日蓮本仏義は9世日有の偽作だ(82)~なぜ大石寺9世日有は日蓮本仏義を偽作して「法主の絶対的権威」をつくる必要があったのか

■検証82・「日蓮本仏義」偽作の動機5・大石寺法主の権威確立のため2

 

□「本仏の後継者」「本仏の代官」としての日蓮正宗大石寺法主の権威の確立のため2

 

それではなぜ、日蓮正宗大石寺9世法主日有は、「戒壇の大本尊」なる板本尊、「日蓮大聖人は末法の本仏・久遠元初自受用報身如来の再誕である」とする「日蓮本仏義」、「歴代の大石寺法主のみが日蓮大聖人・日興上人からの血脈を相承してきている」とする「唯授一人血脈相承」といったものを偽作して、権威主義的な支配体制を構築しようとしたのだろうか。

まず第一の理由は、1333(元弘3)年の大石寺開祖・日興、三祖日目の死後、1334年の日仙・日代問答にはじまり、つづいて大石寺・日道門流と日郷門流の間で、蓮蔵坊の所有権をめぐって内紛・紛争が起こり、日興門流は、大石寺、北山本門寺、西山本門寺、小泉久遠寺、保田妙本寺、そして京都の日尊門流に四分五裂状態に分裂してしまっていた。さらに日仙・日代問答によって、日仙は大石寺から四国・讃岐本門寺に行ってしまい、日代のほうは、日仙・日代問答から10年後の1343(興国4)年に、北山本門寺から追放されて、西山本門寺を創建している。

特に蓮蔵坊紛争によって日興・日目門流が大石寺門流と小泉久遠寺、保田妙本寺を本山とする日郷門流に分裂してしまったのは、大石寺にとって大打撃となった。この蓮蔵坊紛争が最終的に決着したのは1405(応永12)年のこと。実に紛争勃発から七十年という歳月が経過していた。

これにより、1333年から1405年の72年の間に、少なくとも日興門流は、大石寺・北山本門寺、西山本門寺、讃岐本門寺、日郷門流(小泉久遠寺、保田妙本寺)、京都の日尊門流の五つに分裂してしまっていた。

これによって、大石寺の信者も大幅に激減することになり、これはまた当然の如く、大石寺に上がってくる供養金の激減、収入の激減による財政の疲弊・窮乏化を引き起こしていた。大石寺9世日有が大石寺法主に登座した当時、大石寺は財政の疲弊・窮乏の極限状態にあったのである。

大石寺9世日有が大石寺法主に登座してまもなくのころ、大石寺の北方約45キロほどの地点にある甲斐国毛無山山系にある湯之奥金山が発見・開発され、ここから産出された「金」によって、大石寺の財政・法主の懐は一転して潤うことになる。

それでは、大石寺門流を財政の疲弊・窮乏状態に再び転落させないためには、どうすればいいのか、と大石寺法主として、大石寺9世日有は考えた。人間、一度たりとも金の利権とか、豪華・栄華な生活を味わってしまうと、昔の貧しかったころには戻りたくないと考えるものだ。大石寺9世日有とて、法主登座以前の極貧状態の生活は、二度と味わいたくなかったことだろう。

大石寺6世法主日時、7世日阿、8世日影の代に、大石寺の財政が疲弊・窮乏化した最大の原因は、日興門流の五分裂にあったわけだから、この分裂を引き起こさせないために、頂点の「法主の絶対的権威」をつくるということ。これが「二箇相承」「唯授一人の血脈相承」なるものが偽作された、第二の動機である。

 

 

続きを読む
メッセージ

名前
メール
本文
記事検索
最新記事(画像付)
最新コメント
livedoor プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
  • ライブドアブログ