■検証246・荒木清勇本「戒壇の大本尊」写真は由井一乗本「戒壇の大本尊」写真のトリミング・引き延ばし写真である

 

□大正4年当時、すでに写真のトリミング・引き延ばし・修復が実際に行われていた

 

私が、明治・大正・昭和初期に日蓮正宗の信者が出版した本に載っている「戒壇の大本尊」の写真は、明治44(1911)11月に熊田葦城氏が出版した著書「日蓮上人」に載っている「戒壇の大本尊」の写真以外は、全て同一の写真を使っているのではないか、ということである。

そのポイントは、日蓮正宗大講頭・由井一乗氏が、大正4(1915)11月に本名・由井幸吉の名前で出版した「日蓮大聖人」に載っている「戒壇の大本尊」の写真。

戒壇大本尊2大正4年由井本2

 

それとほぼ同時期の大正4(1915)1111日に大阪・蓮華寺信徒・荒木清勇氏が出版した「大日本国所立・聖教乃正義」という本に載っている「戒壇の大本尊」の写真である。


戒壇大本尊10大正4年荒木本3

 

昭和3(1928)4月に熊田葦城氏が出版した「日蓮上人」改訂版に載っている「戒壇の大本尊」の写真は、荒木清勇氏の「大日本国所立・聖教乃正義」に載っている「戒壇の大本尊」の写真の複写であることは間違いない。

 

ということは、由井一乗氏の「日蓮大聖人」に載っている「戒壇の大本尊」の写真と荒木清勇氏の「大日本国所立・聖教乃正義」に載っている「戒壇の大本尊」の写真が同一のものかどうかに尽きる。つまり、荒木清勇本の「戒壇の大本尊」の写真は、由井一乗本の「戒壇の大本尊」の写真をトリミング・引き延ばした写真ではないかということである。

この疑問・謎を検証し解き明かすためには、やはりどうしても写真の専門家の意見を聞かなくてはならない。

そこで東京・麹町の日本カメラ博物館の専門家に、熊田葦城本、由井一乗本、荒木清勇本に載っている「戒壇の大本尊」の写真を見せて鑑定を依頼するとともに、意見を聞いた。

日本カメラ博物館の専門家の意見は、だいたいこうであった。


カメラ博物館2 

□大正4(1915)当時、すでに写真のトリミング、引き延ばし、修復の技術は存在しており、実際に行われていた。

□明治の終わり頃から、芸術写真を撮るために写真の引き伸ばしが行われていた。

□芸術写真としての写真のトリミング・引き伸ばしが流行したのは大正初期のころから。

□明治のころから、写真の修復が行われていた。このころの修復は、肖像写真のしみ、ほくろ等を抹消するものが主だった。

□荒木清勇本の「戒壇の大本尊」の写真は、「南無妙法蓮華経」「日蓮」「花押」「梵字」「大持国」等の文字が修復されているのがわかる。この修復は、文字をはっきりさせるための修復だと思われる。

□荒木清勇本の「戒壇の大本尊」の写真は、由井一乗本の「戒壇の大本尊」の写真をトリミング・引き延ばし・修復した写真である可能性が高い。ただし、最終的には、実際に写真を撮ったときの乾板を見てみないと何とも言えない。が、トリミング・引き延ばし・修復した写真である可能性が非常に高いと言える。

 

こういう日本カメラ博物館の専門家の意見からして、荒木清勇本の「戒壇の大本尊」写真は由井一乗本の「戒壇の大本尊」写真のトリミング・引き延ばし写真であることは、ほぼ間違いないものと考えられる。

 

□大正期の「戒壇の大本尊」の写真は「由井一乗本」「由井本」の写真の名が最もふさわしい

 

こうして見ると、ウエブサイト上のフリー百科事典・Wikipediaの「本尊(日蓮正宗)」の項目の「本門戒壇の大御本尊」に載っている写真や、美濃周人氏の著書「虚構の大教団」に載っている「戒壇の大本尊」の写真も、由井一乗本の「戒壇の大本尊」写真のトリミング・引き延ばし写真である。

昭和3(1928)4月に熊田葦城氏が出版した「日蓮上人」改訂版に載っている「戒壇の大本尊」の写真は、荒木清勇本に載っている「戒壇の大本尊」の写真の複写である。

そして荒木清勇本の「戒壇の大本尊」の写真は、由井一乗本の「戒壇の大本尊」の写真をトリミング・引き延ばし・修復した写真である、ということになると、明治・大正・昭和初期に日蓮正宗の信者が出版した本に載っている「戒壇の大本尊」の写真の一番元は、由井一乗氏が、大正4(1915)11月に本名・由井幸吉の名前で出版した「日蓮大聖人」に載っている「戒壇の大本尊」の写真ということになる。

一般的には、熊田本の名前で、熊田葦城氏が出版した著書「日蓮上人」に載っている「戒壇の大本尊」の写真が一番の元だと思われているが、これは誤りと言うことになる。

よって、明治・大正・昭和初期の本に載っている「戒壇の大本尊」の写真の一番元は、「熊田本」の名前は不適当であり、「由井一乗本」「由井本」の写真と呼ぶのが、最もふさわしいと言うべきである。

戒壇大本尊1大正4年由井本1