■論破84平井信行寺の応永十九年板本尊は大石寺9世日有の代に彫刻造立された4

 

平井信行寺の板本尊を根拠とする「戒壇大本尊」日有以前存在説は誤りである3

 

近年は、さまざまな人々の研究・努力によって、さまざまな木々や植物の研究・調査が進み、楠木が日本各地のどこにあるかということは、ほぼ判明してきている。

著書関係でも「巨樹・巨木―日本全国674本」「巨樹と樹齢―立ち木を測って年輪を.(渡辺新一郎)「巨樹巡礼」「巨樹名木探訪」「巨樹・巨木を訪ねて」「地球遺産 最後の巨樹」(吉田繁)といった本が出版されている。こういった中からとして、巨樹・名木・巨木が都道府県別のリストにまとめられているものもある。

こういったリストの中で、栃木県栃木市の日蓮正宗・平井信行寺がある「栃木県」の「クス」の木の項目を見ても、栃木県内には、「クス」「楠木」が全く存在していないことがわかる。

日蓮正宗・平井信行寺に格蔵されている応永19年の板本尊を鑑定した日蓮正宗大石寺59世法主・堀日亨が書いた「堀ノート」によると、この板本尊について

「本堂 楠板 宗祖御真筆 弘安三年庚申三月 宗祖在御判 応永十九年十月十三日」

と書いており、明確に楠木の板で出来ていると書いている。

普通に考えれば、これはおかしな話しである。

楠木が全く存在していない地域・栃木県に、楠木でできた板本尊が存在しているのである。

現代のように交通・輸送や通信手段が発達していなかった時代のことであるから、常識的に考えれば、この板本尊は、栃木県以外の所で製作されたと見るのが妥当であろう。

日蓮正宗・平井信行寺が独自の力で、どこからか楠木を調達してきて、楠木の板本尊を製造したなどとは、とても考えにくい。そうだとすれば、この板本尊が製作された所とは、日蓮正宗総本山大石寺以外に考えられないのではないか。

しかも応永十九(1412)年といえば、大石寺にも未だ板本尊が存在していなかった時代であり、大石寺自身が、日郷門流との七十年戦争の疲弊からまだ立ち直っておらず、大石寺自身に板本尊を製造する経済力がなかった時代である。

そんな時代に、大石寺が板本尊を製造して、末寺に下賜するなど絶対に有りえないことだ。

大石寺でこの板本尊が製作されたとすれば、大石寺9世日有が「戒壇の大本尊」なる板本尊を偽作した後のことと推定するのが、普通であろう。

戒壇大本尊1大正4年由井本1 

 

12001900年 の約700年間の日本ないし北半球は「鎌倉・江戸小氷期」だった1

 

12001900年くらいの約700年間、日本をはじめとする北半球は、「鎌倉・江戸小氷期」と呼ばれる寒冷期だったのであり、身延山周辺は、楠木の自生地域からは完全にはずれていた。

中世の小氷期の研究は、何も今に始まったわけではなく、ずいぶん前から気候学者・歴史学者等々の中で行われてきており、さまざまな著書や論文等で一般に発表されている。

日本の宇宙物理学者。太陽物理学、高エネルギー宇宙物理学の世界的な権威で早稲田大学理工学部総合研究センター客員顧問研究員。神奈川大学名誉教授。ユトレヒト大学、インド・ターター基礎科学研究所、中国科学院の客員教授。理学博士の桜井邦明氏は著書「太陽黒点が語る文明史・小氷河期と近代の成立」で次のように書いている。

「西ヨーロッパでは、全体としてみると、14世紀の開始前後から気温が下がりはじめ、19世紀初め頃になって、やっと現在とほとんど同様の状態にまで回復している」

「平均気温でみて、現在と比べてせいぜいセ氏1度しか低くなっていないことに注意していただきたい。これくらいの気温の低下で、氷河期に入ってしまっているのである」

(『太陽黒点が語る文明史・小氷河期と近代の成立』p10)

「九州の南の屋久島に生育する屋久杉の年輪中に残された酸素の同位体・18Oの分析結果をみれば、13世紀に入ると日本付近における気温の低下が始まっていることがわかる」

(『太陽黒点が語る文明史・小氷河期と近代の成立』p11)

「小氷河期の気候は東洋も西洋もよく似ており、全世界的に気候が寒冷化していたことがわかる。屋久杉中の酸素の同位体18Oの分析結果も、当然のことながら、似た傾向を示している」

(『太陽黒点が語る文明史・小氷河期と近代の成立』p12)

「今までに示した気候変動に関するいくつかのデータから、地球環境の寒冷化は14世紀に入る前後から始まったことがわかる。そうして、この寒冷化は19世紀半ばまで続いて終わることになる。これらの結果に基づいて、多少の変動はあるものの、全体として気候が寒冷化していたこの500年ほどにわたる時代を、『小氷河期』と命名したのである」

(『太陽黒点が語る文明史・小氷河期と近代の成立』p12p13)

 

日本の宇宙物理学者で太陽物理学、高エネルギー宇宙物理学の世界的な権威である理学博士の桜井邦明氏は、14世紀前後から地球を小氷河期がおおっていたという説を唱えている。

つまり鎌倉・室町時代は「小氷期」だったということ。今でも栃木県地方に楠木は存在していないのに、小氷期の鎌倉・室町時代には、なおさらのことである。

それでは、栃木県平井の信行寺で、楠木の板本尊を造立することなど、絶対に不可能。

これは大石寺9世日有の代以降に於いて、大石寺にて造立された板本尊であることが明らかである。

金正日1 

(龍神ひろしのそっくりさん・金正日)