■検証48・大石寺9世日有が「二箇相承」を偽作した証拠1(日有独自の事の戒壇)

 

□「事の戒壇」「本門寺本堂」「本門寺戒壇」とは大石寺9世日有独自に発明した「戒壇」

 

1480(文明12)  本是院日叶(左京阿闍梨日教)「百五十箇条」

「身延相承書日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付属す、本門弘通の大導師為るべきなり、国主此の法を立てられば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ・事の戒法と謂ふは是なり、中ん就く我門弟等此状を守るべきなり

弘安五年壬午九月十三日、血脈の次第・日蓮・日興、甲斐国波木井山中に於て之を写す」

□「百六箇抄」の「四十二、下種の弘通戒壇実勝の本迹」の文「三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺本堂なり」(日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨編纂「富士宗学要集」1p18)

「又五人並に已外の諸僧等、日本乃至一閻浮提の外万国に之を流布せしむと雖も、日興嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為すべきなり」

(日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨編纂「富士宗学要集」1p21)

 

「三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺本堂なり」の文意は、「富士山本門寺本堂」に「三箇の秘法」全てが建立されている、という意味である。つまり、三大秘法の中心は「富士山本門寺本堂」ということで、本尊・題目・戒壇の三大秘法の中では、戒壇が中心になる三大秘法と言うことになる。すなわち「富士山本門寺本堂」は「日興嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為す」ということで、「日興嫡嫡相承の曼荼羅」が中心本尊として祀られる本堂ということになる。

それでは「富士山本門寺戒壇」「富士山本門寺本堂」に祀られる「日興嫡嫡相承の曼荼羅」とは、脇書に「本門戒壇之願主 弥四郎国重 法華講衆等敬白」と書いてある、大石寺の「戒壇の大本尊」であり、「百六箇抄」の文意は、「戒壇の大本尊を富士山本門寺本堂の正本尊とすべし。この富士山本門寺本堂が三大秘法建立の勝地である」という意味である。

「二箇相承」の「富士山本門寺戒壇」も「百六箇抄」の「富士山本門寺本堂」も全く同一のものであり、そこに祀られる本尊とは、大石寺の「戒壇の大本尊」である。「本門事の戒壇」になるべき本尊堂(日蓮正宗では本堂または御堂とも言う)に安置するという「戒壇の大本尊」なる名前の偽作板本尊を根本に据えて、本門の本尊・戒壇・題目という「三大秘法」(さんだいひほう)という日蓮正宗の根幹の教義を完成させたのは、日蓮正宗大石寺9世法主・日有である。

この本門の本尊・戒壇・題目の中では、「戒壇の大本尊」なる偽作板本尊を祀る「戒壇」を中心にした「三大秘法」は、日蓮が説き明かした三大秘法ではなく、まさに大石寺9世日有が発明した、日有独自の三大秘法である。こんな三大秘法は、日蓮が全く説いていないばかりか、日蓮宗門史上、日本の仏教史上、誰一人説いた僧はいなかった。日蓮正宗大石寺9世法主・日有が、歴史上はじめて説いた「戒壇」中心の三大秘法。すなわち日有独自の三大秘法である。

 

 

□大石寺9世日有独自に発明した「戒壇」とは日有偽作の「戒壇大本尊」を祀る「事の戒壇」

 

「百六箇抄」の「三箇の秘法建立」=「富士山本門寺本堂」というのは、日蓮の三大秘法にはない、大石寺9世日有独自の三大秘法論であり、「事の戒壇」論である。すなわち「三箇の秘法」とは、日有自身が弟子に対して

「日有云く、また云く、大石は父の寺、重須は母の寺、父の大石は本尊堂、重須は御影堂、大石は本果妙、重須は本因妙、彼は勅願寺、此は祈願寺、彼は所開、此は能開、彼は所生、此は能生、即本因、本果、本国土妙の三妙合論の事の戒壇なり」(新池抄聞書/「富士日興上人詳伝・下」p84)

新池抄聞書1

新池抄聞書3


-----かつて日有上人がこのように説法していた、と日要上人が語っていた。大石寺は例えて言えば父親のような本山寺院であり、重須の北山本門寺は、例えて言えば母親のような本山寺院である。父親の本山寺院である大石寺には、「本門戒壇の大御本尊」を安置している本尊堂があり、母親の本山寺院である北山本門寺には、日蓮大聖人の木像(御影)を安置している御影堂がある。……此の大石寺は、衆生を成仏に導く根本の寺であり、即ち、「本門戒壇の大御本尊」を安置している本尊堂がある大石寺こそ、本因、本果、本国土妙の三妙合論の事の戒壇なのであり、根本の寺院・道場なのである。-------

と指南している「事の戒壇」。又、大石寺9世日有の弟子であった左京阿闍梨日教が

「三箇の秘法とは日蓮、日目と御相承し、…この三箇の秘法は当家の独歩なり」(同『富士宗学要集』2p257『穆作抄』)

「此の三箇の秘法、余流に存知無き」(同『富士宗学要集』2p313『類聚翰集私』)

と述べている如く、戒壇中心の大石寺9世日有独自の「三大秘法」である。「三箇の秘法建立」=「富士山本門寺本堂」ということは、この「三箇の秘法」というのは、「富士山本門寺本堂」に祀る「戒壇の大本尊」なる板本尊ということである。

この大石寺9世日有独自の戒壇論をより明確にする文が「富士宗学要集」1p21の文

「又五人並に已外の諸僧等、日本乃至一閻浮提の外万国に之を流布せしむと雖も、日興嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為すべきなり」

の文であり、「日興嫡嫡相承の曼荼羅」とは、大石寺9世日有が偽作した「戒壇の大本尊」なる板本尊のことであり、「本堂」とは「富士山本門寺本堂」のこと。つまり「戒壇の大本尊」なる板本尊を「富士山本門寺本堂」の「正本尊」(中心に祀る本尊)とせよ、という意味の文であり、これが「三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺本堂なり」の示す意味ということだ。

つまりこれは大石寺9世日有が独自に発明した「事の戒壇論」「三大秘法論」が直截に述べられている箇所ということである。これを「代々の法主のみが相伝してきた」と称する相伝書に書ける人物は、「戒壇大本尊」「戒壇論」を偽作した大石寺9世日有以外にいないではないか。

二箇相承3 

(1970年刊『仏教哲学大辞典』に載っている『二箇相承』