日蓮正宗(法華講・妙観講なども含む)、創価学会、SGI、富士大石寺顕正会、日蓮正宗正信会などの日蓮正宗系の各教団は、日蓮正宗の内紛・分裂によって勢力を弱めるどころか、逆にそれぞれが勢力を拡大してきている。
1980山口法興住職罷免1
現在の日蓮正宗の内紛の発端は1970年の創価学会VS妙信講(現在の顕正会)の紛争ですが、この当時、創価学会・公明党は全国で600万票前後くらい、妙信講(顕正会)は約5000名くらいの規模でした。
それから日蓮正宗の内紛は40年以上もつづいていますが、そういう中で創価学会・公明党は、今や約900万票弱の集票マシーンと化し、連立与党の一角を占めるまでになっています。
顕正会は今は公称100万人、実質的な会員数約50万人といわれるくらいにまで膨張しています。

日蓮正宗総本山大石寺直系の信者団体・法華講(法華講連合会)は、1970年当時は1万人にも満たなかった勢力だったのが、今や30万人を越え、50万人にもなんなんとする信者団体に成長しています。
そして2012年までに、法華講員を80万人の勢力にしようと、創価学会や顕正会に勝るとも劣らない、強引・執拗な折伏・入信勧誘を展開している有様です。

その法華講連合会の中で最大の講中が「妙観講」(正式な名は日蓮正宗法華講理境坊妙観講支部で、講頭の大草一男氏は日蓮正宗信者のナンバー2の地位 である日蓮正宗法華講大講頭)ですが、これは発足当時はそれこそ何十人でしかない規模でしたが、今や全国に5万人以上いるといわれています。
妙観講は、現在の日蓮正宗(大石寺)の信者団体の実質的中核・先兵隊を成しています。
活動内容は、強引な折伏・勧誘、過激な罰論・無間地獄論…といったように、まさに「第二の創価学会」「第二の顕正会」そのものです。

このように日蓮正宗系のカルト教団は、日蓮正宗内紛によってそれぞれが衰えるどころか、逆に勢力を拡大してきています。
つまり各教団は、日蓮正宗の本尊・教義・宗教活動・信仰内容をそのまま用いて、日蓮正宗の内紛・分裂をエネルギーにして、教線を拡大し、信者を獲得しつづけてきているということ。
こういったことが、日蓮正宗系各教団の特色といえるのではないだろうか。

だいたい万単位の信者をもつ宗教団体が、内紛や分裂によって自然消滅したものなど、歴史上、前例がありません。宗教団体というものは、自身の内紛や分裂によって、絶対に潰れたり消滅したりしないものだと定義づけられると考えられます。

こういう日蓮正宗系各教団の特色・歴史的経過からしても、反創価学会側、反日蓮正宗側、アンチ側からの厳しい創価学会批判、日蓮正宗批判、顕正会批判活動が必要と思われます。
歴史的にみても、例えば創価学会の暴走?にブレーキをかけてきたのは、反創価学会・アンチ創価学会側からの厳しい批判活動でした。
山崎正友6
1970年の言論問題における反創価学会キャンペーンでは、池田大作会長(当時)は、公式の席で行き過ぎを認め、形ながらも創価学会と公明党の政教分離を約束。国立戒壇論を白紙撤回し、戦後からずっとつづいていた創価学会の折伏大進撃にストップがかかりました。
池田大作7
1977〜80年にかけての創価学会の「昭和五十二年路線」問題においては、池田大作氏が創価学会の会長と日蓮正宗法華講総講頭を辞任、一時的ながらも創価学会の第一線から退き、雲隠れ?に追い込まれました。
そして山崎正友裁判や月刊ペン事件裁判で、池田大作氏は3回にわたって、裁判所に証人出廷を余儀なくされました。

1990年代の世間・マスコミの創価学会批判キャンペーンでは、政権奪取を狙っていた創価学会の傀儡政党・新進党が最終的に解党となり、不充分ながらも宗教法人法の改正が実現しました。


日蓮正宗大石寺の専政法主の野望を食い止めるには、創価学会、池田大作氏の野望を食い止めるには、日蓮正宗や創価学会、顕正会といったカルト宗教団体の勢力拡張を阻止していくには、こういう幅広い、自由な言論による批判活動こそが必要ではないかと考える次第です。