■検証289日向造立板本尊と「戒壇の大本尊」なる板本尊は全く無関係だ10

 

身延山久遠寺の日向造立板本尊のモデルは禅宗が中国から伝来せしめた寺位牌である4

 

「アンチ日蓮正宗」がいくら「身延山久遠寺の日向造立板本尊のモデルは禅宗が中国から伝来せしめた寺位牌である」とか「日向造立板本尊と「戒壇の大本尊」なる板本尊は全く無関係だ」等々と論説しても、禅宗の寺位牌も板位牌も全く見たことがない日蓮正宗のカルト法華講員は、ほとんどの者が理解不能に陥ってしまう。よって禅宗の寺位牌・板位牌がいかに日蓮正宗の板本尊とそっくりのものであるかを写真で見てもらう以外にない。では日蓮正宗の板本尊とそっくりの寺位牌・板位牌がどこにあるのかというと、まずは曹洞宗大本山・永平寺の「祠堂殿」(位牌堂)である。

位牌は、もともと禅宗が中国から日本に伝承せしめたものというのが定説。曹洞宗はもともと中国の禅宗五家(曹洞、臨済、潙仰、雲門、法眼)の一派で、道元禅師が中国から日本に伝えた宗派である。日本においては禅宗(曹洞宗・日本達磨宗・臨済宗・黄檗宗・普化宗)の1つである。だから道元禅師は、日本曹洞宗の宗祖とは言えるが、曹洞宗そのものの宗祖ではない。

さてその永平寺の寺位牌、板位牌等の「位牌」なのだが、日蓮正宗や富士門流の板曼荼羅本尊に実によく似ているのである。位牌というと、個人宅の仏壇に祀られている小型の位牌を連想してしまいがちだが、永平寺にある「位牌」は、そんな小型位牌ではない。もっと大型の寺位牌である。

永平寺には位牌堂があり、ここにも寺位牌が祀られている他、おびただしい数の板位牌が収蔵されている。永平寺の位牌堂は「祠堂殿」とよばれている。祠堂殿とは全国各地の末寺寺院による壇信徒の入牌、納骨をする堂宇。特別志納の人による全国各地の位牌が祀られ、追善供養の法要も営まれる。祠堂殿の中には、二体の寺位牌が祀られていて、これは法堂の寺位牌とほぼ同じ。巨大な寺位牌の形は、日蓮正宗、富士門流寺院の板本尊によく似ている。もちろん永平寺にあるのは寺位牌だから、日蓮の曼荼羅は図顕されていないが、寺位牌の形そのものが、富士門流の板本尊に似ているのである。

永平寺65位牌堂寺位牌
 

(祠堂殿の中にある寺位牌)

それと祠堂殿(位牌堂)の中には、所狭しと板位牌が収蔵されている。寺位牌も板位牌も、黒漆塗りの金文字。板位牌のほうは寺位牌に比べて、やや小さいが、それでも形は、日蓮正宗や富士門流寺院にある板曼荼羅本尊にそっくりである。永平寺の板位牌には、もちろん曼荼羅は書いていないが、板位牌の表面に曼荼羅を書けば、そっくりそのまま日蓮正宗や富士門流寺院にある板曼荼羅本尊に早変わりしてしまうくらい。永平寺の板位牌は、祠堂殿(位牌堂)のみならず、道元禅師の霊骨を祀る承陽殿にもある。

永平寺64位牌堂板位牌


永平寺66位牌堂板位牌
 

(祠堂殿の中にある板位牌)

元々、位牌というものが、禅宗が中国から日本に伝来せしめたものである故か、禅宗寺院の位牌堂に入ると、板位牌や寺位牌が多数収蔵されている。あまりにも形が日蓮正宗や富士門流寺院にある板曼荼羅本尊に似ていることから、日蓮正宗系・富士門流系の板曼荼羅本尊は、禅宗の寺位牌、板位牌のパクリと考えられる。何らかの形で日蓮宗系、富士門流系の僧侶が禅宗の板位牌、寺位牌を知り、表面に曼荼羅を書いた板曼荼羅本尊を造立したものと考えられる。

さて曹洞宗大本山永平寺に行ったとき、永平寺の位牌堂である「祠堂殿」の中に入って、その中にある曹洞宗の寺位牌・板位牌を実見。これらの寺位牌・板位牌が日蓮正宗、富士門流寺院の板本尊によく似ている、ということを書いた。この寺位牌・板位牌は、祠堂殿のみならず、法堂や承陽殿にも多数あった。

永平寺52承陽殿
 

(承陽殿の中にある板位牌)

元々、位牌というものが、禅宗が中国から日本に伝来せしめたものである故か、曹洞宗寺院の位牌堂に入ると、板位牌や寺位牌が多数収蔵されているのを見かけるわけだが、あまりにも形が日蓮正宗や富士門流寺院にある板曼荼羅本尊に似ていることから、日蓮正宗系・富士門流系の板曼荼羅本尊は、禅宗の寺位牌、板位牌のパクリであろうと考えられる、かつて結論づけた。

つまり何らかの形で日蓮宗系、富士門流系の僧侶が曹洞宗の板位牌、寺位牌を知り、表面に曼荼羅を書いた板曼荼羅本尊を造立したものと考えられるわけである。

それではもうひとつの曹洞宗大本山総持寺の位牌はどうなのか、ということになる。

総持寺の場合は、元々は石川県能登にあったのだが、1898年(明治31年)の火災。1911年(明治44年) 現在地の鶴見に移転した。それで元の能登のほうは総持寺祖院となった。

総持寺祖院の法堂にも、位牌を祀る位牌堂がある。そこには数多くの位牌が祀られている。ここで一番大きな位牌は、特別に祀られている総持寺歴代貫首の位牌。歴代貫首の板位牌は、ひときわ大きい。形としては、まさに日蓮正宗や冨士門流の板曼荼羅本尊にそっくりである。

総持寺祖院の位牌堂は、法堂と隣り合わせになっていて、数多くの大きな位牌が祀られ、その位牌にむかって導師席が設定されている。曹洞宗の寺位牌・板位牌は形としては、まさに日蓮正宗や冨士門流の板曼荼羅本尊にそっくりである。よって結論としては、日蓮正宗系・富士門流系の板曼荼羅本尊は、曹洞宗の寺位牌、板位牌のパクリであろうことは変わりないと考えられる。

位牌堂1総持寺祖院
 

(総持寺祖院位牌堂に並ぶ板位牌)

もちろん道元禅師は、鎌倉時代においてすでに鎌倉に下向して北条時頼に授戒し説法しているので、すでに鎌倉時代から曹洞宗の寺位牌、板位牌は鎌倉地方に伝来していたと考えられる。曹洞宗のほうが先に寺位牌、板位牌を伝承せしめているわけだから、パクリをしたのは日蓮正宗や冨士門流のほうであることは明らかである。

戒壇大本尊1大正4年由井本1
 

(大石寺の『戒壇の大本尊』)