■検証92・大石寺9世日有が京都・日隆門流からパクった教義・本迹勝劣3

 

□非常によく似ている大石寺の本迹勝劣・種脱勝劣と法華宗勝劣派・日陣・日隆門流教学

 

日蓮を宗祖とする宗派の中でも、大石寺(日蓮正宗)を含む富士門流(日興門流)、顕本法華宗(妙満寺派)、日陣門流(法華宗陣門流)、日隆門流(法華宗本門流・本門法華宗)、日真門流(法華宗真門流)を、法華経二十八品を前半十四品を迹門、後半十四品を本門に二分し、本門が迹門に優れるという勝劣をたてる勝劣派という。勝劣派の中でも、日蓮本仏義を立てるのは、大石寺(日蓮正宗)や創価学会、顕正会、正信会などの日蓮正宗系と一部の富士門流だけだが、日蓮を本仏と立てるか、釈迦如来を本仏と立てるか、という相違点を除けば、大石寺(日蓮正宗)を含む富士門流(日興門流)、顕本法華宗(妙満寺派)、日陣門流(法華宗陣門流)、日隆門流(法華宗本門流・本門法華宗)、日真門流(法華宗真門流)等々の勝劣派の教義は、実によく似ている。

□法華宗陣門流(総本山・新潟本成寺・別院・京都本禅寺・鷲津本興寺等)

<開祖>日陣(13391419)

<本迹法体勝劣>

日陣は応永3(1396)、「選要略記」を著して「本迹勝劣」を説いた。その後、日陣は京都に上洛して本迹勝劣を主張し、以後、8年間にわたって本迹論争が起こった。京都本圀寺系末寺700余ヶ寺のうち、半分近い寺院が日陣に随ったとされる。

<寿量一品正意>

本迹二門を開会する能説の教えは本門寿量品に限るとする寿量品正意論を唱えた。

□日隆門流(法華宗本門流・本門法華宗)

<開祖>日隆(13851464)

<本迹勝劣>

法華経二十八品を前半十四品を迹門、後半十四品を本門に二分し、本門が迹門に優れるという勝劣をたてる。

<八品正意論>

『観心本尊抄』の「本門の肝心、南無妙法蓮華経の五字に於ては仏猶文殊薬王等にも之を付嘱したまわず…但地涌千界を召して八品を説いて之を付嘱したまふ。其の本尊の為体、…是くの如き本尊は在世五十余年に之れ無し、八年の間但八品に限る」

の「但八品に限る」の文を根拠に、『法華経』二十八品のうち「従地涌出品第十五」から「嘱累品第二十二」までの本門八品に顕れた神力付嘱・上行所伝の妙法のみが、久遠実成の本仏の正意であり、日蓮の正意である」という八品正意論を唱える。

 

 

<種脱一双論>

『観心本尊抄』の「在世の本門と末法の初めは一同に純円なり。但(ただ)し彼は脱、此(これ)は種(しゅ)なり。彼は一品二半、此は但題目の五字なり」

との文を、「在世と末法、種と脱の異りはありとも、其の体(たい)はこれ同じ」として、種脱の法体に勝劣はないとする「種脱一双論」を唱える。

□法華宗真門流(総本山・京都本隆寺)

<開祖>日真(14441528)

<本迹勝劣>

法華経二十八品を前半十四品を迹門、後半十四品を本門に二分し、本門が迹門に優れるという勝劣をたてる。

<寿量品正意論>

釈迦如来の本懐、仏教の魂は法華経如来寿量品である、とする寿量品正意論を唱える。

 

このように教義的には、室町時代に本迹勝劣を唱えた勝劣派は各宗派、それぞれ非常に似通った教義を唱えている。それでは時期的に、どの宗派が大石寺に影響を与えたのか、という点を検証して行く上で、1432(永享4)年の大石寺9世日有の京都天奏による上洛をひとつの接点と仮定してみる。法華宗真門流の開祖・日真(14441528)は、この時まだ出生していないため、接点からは除外される。残るは日陣門流と日隆門流ということになる。

日陣が応永3(1396)、「選要略記」を著して「本迹勝劣」を説いて以降、1432(永享4)年の大石寺9世日有の京都天奏による上洛までを時系列的にまとめると

1396(応永3)年 日陣が「選要略記」を著して「本迹勝劣」を説く

1405(応永12)年 日隆が妙本寺を退出し比叡山、高野山に遊学。

1406(応永13)年 日陣が京都・四条堀川に本禅寺を創建 本迹論争が起きる

1410(応永17)年 日隆が日存、日道と越後本成寺に日陣を訪ねる。

1415(応永22)年 日隆が本応寺(後の本能寺)を創建

1418(応永25)年 本応寺が妙本寺(後の京都妙顕寺)宗徒に破脚される。

1429(永享元)年 日隆が『四帖抄』を著す。本応寺を再建。第二次建立。立宗を宣言。京都妙蓮寺と断絶。

1431(永享3)年 日隆が日蓮百五十回遠忌を本応寺にて奉修。

そもそも日隆門流が日陣門流の「本迹勝劣」の大きな影響を受けて、室町時代に立宗しており、15世紀初頭のころ、日陣門流によって本迹論争が巻き起こっている。1432(永享4)年の大石寺9世日有の京都天奏による上洛は、京都における日陣門流が惹起した本迹論争・日隆の立宗以降のことである。

9世日有4(諸記録)
 

(能勢順道氏の著書『諸記録』に載っている大石寺9世日有の肖像画)