□公明党の大衆福祉とは創価学会員への進学、結婚、就職、再融資等の便宜供与活動のこと

 

創価学会本部職員、公明党、創価大学、民音、東京富士美術館、東洋哲学研究所等々の外郭団体、外郭企業の職員は、全員が創価学会組織の中では上級幹部である。池田大作が創価学会三代会長になってから、池田大作を頂点として、これら創価学会本部職員、公明党、創価大学、民音、東京富士美術館、東洋哲学研究所等々の外郭団体、外郭企業の職員といった、いわゆる「創価学会でメシを食う」幹部集団ができあがり、その幹部集団の下に一般の創価学会員がいるという、創価学会の権力構造ができあがった。1964(昭和39)年に、創価学会が結党した公明党は結党スローガンで「王仏冥合」「大衆福祉の公明党」「大衆の中に生きて、大衆とともに語り、大衆とともに死んでいく」などという、いかにももっともらしい宗教的スローガンや公約、綱領を掲げていた。この中でも公明党が「王仏冥合」とか「大衆福祉」を掲げていることに注目すべきである。

「大衆福祉を公明党が掲げているから、いいことではないか。政治家として問題ないじゃないか」と言う人がいるが、それは間違いである。公明党の「大衆福祉」とは、公明党が掲げるもうひとつの言葉「王仏冥合」と一体なのであり、仏教用語「王仏冥合」の語句の意味をよくよく検証しなければならない。「王仏冥合」とは、日蓮遺文(御書)・三大秘法抄の文である

「戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是なり」(平成新編御書全集p1595)

--戒壇とは、王法(政治)と仏法が冥合して、天皇から万民に至るまで、本門の三大秘法の仏法を持ち、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を今の末法の世に移したような時代が到来した時、勅宣並びに御教書を授かって、釈迦如来在世の霊山浄土に似たような最勝の地に戒壇を建立すべきである。その広宣流布の時を待つべきである。これが事の戒壇である--

を元にした仏教用語であり、創価学会をはじめとする「日蓮正宗系」団体が言う「日蓮仏法」と世間・政治が冥合すること、創価学会の信者が政界・財界・経済界・文芸・文化等の各界に人材として輩出して「日蓮仏法」と世間・政治が冥合することを指す、と言う。1964(昭和39)11月の公明党結党当時の綱領には、王仏冥合や国立戒壇などの仏教用語や宗教用語が並んでいたが、1970(昭和45)53日の創価学会第33回本部総会における池田大作会長の「政教分離宣言」ののち削除された。「王仏冥合」の文言は削除されたが、創価学会は「王仏冥合」そのものをやめて放棄したわけではない。創価学会は今も「王仏冥合」を放棄していないのである。1999(平成11)年のテレビ朝日「朝まで生テレビ」の「激論!公明党」に出演した創価学会・西口浩副会長は、「創価学会は王仏冥合をやめていない」と断言している。つまり「創価学会をはじめとする『日蓮正宗系』団体が言う『日蓮仏法』と世間・政治が冥合すること、創価学会の信者が政界・財界・経済界・文芸・文化等の各界に人材として輩出して『日蓮仏法』と世間・政治が冥合すること」の意味で、公明党が言う「大衆福祉」の語句を解釈すべきなのである。

 

 

□創価学会・公明党一体の「大衆福祉」活動が創価学会員の創価学会離反を防止している

 

つまり創価学会・公明党が言う「大衆福祉」とは、世間一般の「大衆福祉」とは意味が異なる。世間一般の「大衆」とは、一般国民のことであり、福祉とは「幸福。特に,社会の構成員に等しくもたらされるべき幸福。公共の福祉・社会福祉・福祉事業」(大辞林)「公的配慮によって社会の成員が等しく受けることのできる安定した生活環境。公共福祉・福祉事業」(デジタル大辞泉)と辞書に載っている。だから世間の人は「大衆福祉」というと、社会福祉政策、社会保障政策のことだと思う。

しかし創価学会・公明党の言う「大衆」とは、総じては一般国民だが、別しては一般の創価学会員のこと。だから公明党の大衆福祉とは、一般創価学会員への進学、結婚、就職、再就職、融資、公営住宅入居、生活保護受給等のお世話活動、便宜供与活動のことを意味する。では大衆の意味を総じて国民と解釈すると、ここに「王仏冥合」が登場する。つまり「日蓮仏法」と世間・政治が冥合すること、創価学会の信者が政界・財界・経済界・文芸・文化等の各界に人材として輩出して「日蓮仏法」と世間・政治が冥合することが大衆福祉になる、国民の幸福になる、という意味になる。つまり創価学会・公明党の「王仏冥合」の推進が「大衆福祉」になるということになってしまう。

では公明党の「大衆福祉」がどうして、一般創価学会員へのお世話活動、便宜供与活動の意味になるのか。その証拠として、公明党機関紙「公明新聞」の見解を出そう。

公明党は197080年代のころから「生活相談」を何万件、何十万件も受けてきたと言っている。1985(昭和60)年の公明新聞には、公明党の生活相談が10年連続100万件を突破したと発表している。1985(昭和60)129日付け公明新聞には、「昭和38(1963)以来、本年(1885)6月末現在の(市民相談の)総累計件数は18453516件に達しました」と発表している。

さらに「昭和59(1984)下半期から昭和60(1985)上半期までの(法律相談)開設回数は、3216回、処理件数は17957件に達しました」(1985(昭和60)129日付け公明新聞)と書いている。昭和38(1963)以来というと、公明党結党以前の「公明政治連盟」(公政連)の時代からのカウントだが、一般世間の「創価学会アレルギー」「公明党アレルギー」が今よりも強かった196080年代のころに、公明党に生活相談・法律相談に行っていた人とは一体誰なのか。それは言わずもがな、創価学会員であり、創価学会幹部である。公明党議員は、創価学会員から生活相談・法律相談を受けることによって、創価学会員に対して、進学、就職、再就職、融資、お見合い・紹介結婚相手の斡旋、公営住宅入居、生活保護受給等のお世話活動、便宜供与活動をしていた。これが創価学会・公明党が言う「大衆福祉」である。こうして創価学会・公明党一体の「大衆福祉」活動を行うことで、創価学会員の生活に便宜供与し、創価学会員に「功徳があった」「御利益があった」と錯覚させ、創価学会員が創価学会が離反していくのを防止しているわけである。こうして創価学会・公明党一体の「大衆福祉」活動を行っていること自体、創価学会という団体が政治団体化している何よりの証拠と言えよう。

市民相談1
 

(公明党の生活相談が10年連続100万件を突破したと発表している1985(昭和60)年の公明新聞)

市民相談2
 

(「昭和38(1963)以来、本年(1885)6月末現在の(市民相談の)総累計件数は18453516件に達しました」と発表している1985(昭和60)129日付け公明新聞)