■検証9・日蓮正宗大石寺に「日蓮の遺骨・日蓮の墓」は存在しない9

 

□日興は身延離山のときに、身延山久遠寺から何も持ち出していない2

 

-----------------------------------------------------------------

(日蓮正宗信者の妄説)

日興上人は本門弘通の大導師であり、身延山久遠寺の別当であったから、身延離山のときに『本門戒壇の大御本尊』『日蓮真骨』『御肉牙』『最初仏』などのすべての重宝を身延山久遠寺から持ち出している。何も持ち出していないなどというのは有りえない。日亨上人がそんなことを仰せられるはずがない。堀日亨上人が著書「富士日興上人詳伝」の中で「常住物は何一つ持ち出していない」と仰せられているが、これに遺骨や戒壇の大御本尊は含まれないことを前文でことわっている。したがって、日亨上人が「身延離山のときに、日興上人が身延山久遠寺から何も持ち出していない」と断言しているかのように「富士日興上人詳伝」の文を引用するのは、切り文である。

(日蓮正宗の信者が日蓮正宗信者専用掲示板に書いた反論)

---------------------------------------------------------------

「アンチ日蓮正宗」が「大石寺59世堀日亨が『日興は身延離山のときに、身延山久遠寺から何も持ち出していない』と断言している」等と書いたら、上記のような質問とも反論ともつかぬものを日蓮正宗の信者が日蓮正宗信者専用コミュニティの掲示板に書いているとの通報が私の元に届いた。結論から言うと、堀日亨の著書「富士日興上人詳伝」280281ページの文章からの私の引用は「切り文」ではない。「富士日興上人詳伝」()の該当する箇所は、日興の身延離山の道程の研究における正史料として、日蓮正宗大石寺17世法主日精の著書「富士門家中見聞」(家中抄)を挙げ、堀日亨が、この「家中抄」の文について、解説をしている箇所である。その「家中抄」には

「板御本尊・生御影・其の外御書物御骨等まで取り具して離山し給ふ」(「富士日興上人詳伝・上」p277)と書いてあるのだが、堀日亨はこの文について「御荷物の中に『生御影』『御骨』はかならず御奉持であるべきであるが、『板本尊』にいたっては研究の余地が存ずる」(「富士日興上人詳伝・上」p280)と言っており、『板本尊』(大石寺の「戒壇の大本尊」のこと)については、「研究の余地が存ずる」として、何と身延離山の日興の荷物の中に「戒壇の大本尊」なる板本尊が含まれていないことを暗に示唆している。よく考えていただきたいのだが、大石寺法主を経験して、「唯授一人の血脈相承」なるものを受け継いでいるとされる立場にある堀日亨が、身延離山の日興の荷物の中に「戒壇の大本尊」なる板本尊が含まれているのか、いないのかについて、「研究の余地が存ずる」と言っている言葉の意味は重い。

 

 

普通に考えれば、大石寺59世である堀日亨としては、大石寺の“先師”にあたる大石寺17世日精の著書「家中抄」の文に、「板御本尊・生御影・其の外御書物御骨等まで取り具して離山し給ふ」と書いてあるわけだから、それをそのまま肯定するところである。ところが堀日亨はそうは言わずに、「戒壇の大本尊」なる板本尊が大石寺にあったかどうかについては「研究の余地が存ずる」と言っているわけだから、これは実質的に「戒壇の大本尊」なる板本尊を否定しているのも同然である。つまり、これはこういうことだ。「研究の余地が存ずる」などという言い方になっているのは、日蓮正宗大石寺法主を経験している堀日亨は、身延離山の日興の荷物の中に「戒壇の大本尊」なる板本尊が含まれて「いなかった」と考えていても、それをそのまま「いなかった」と書けないのである。そんなことを書くと、日蓮正宗大石寺法主経験者が自ら、日蓮正宗の公式見解を否定することになってしまう。したがって、「なかった」とは書けないので「研究の余地が存ずる」などという言い方になる。この堀日亨という人は、日蓮正宗大石寺法主を経験した人物ではあったのだが、本心では「戒壇の大本尊」なる板本尊をはじめ、大石寺の『日蓮真骨』『御肉牙』『最初仏』などのすべての重宝は、後世の偽作説を支持していた、いわゆる「身は法主でも心は偽作説」だった人である。したがって、堀日亨の文を読むときは、ここを留意して読まねばならない。

それから法華講員の質問者は「これに遺骨や戒壇の大御本尊は含まれないことを前文でことわっている」などと書いているが、この「前文」とは一体どこを指しているのか。「家中抄」を指しているのなら、これは堀日亨の文ではなく、大石寺17世日精が書いた文であるから、この指摘は当たらない。では、堀日亨は「御荷物の中に『生御影』『御骨』はかならず御奉持であるべきであるが」(「富士日興上人詳伝・上」p280)と書いているので、「戒壇の大本尊」なる板本尊の存在は否定しても、『生御影』や日蓮の『御骨』は肯定しているのではないかという論理が成り立つかもしれない。しかしこれも「否」である。それは『生御影』や日蓮の『御骨』についても、堀日亨は直接の言葉で肯定しておらず、「あるべきである」などという、奇妙な?助動詞を使っていることである。

そこで「べし(べき)」という助動詞を辞書で調べてみると

1 当然の意を表す。…して当然。…のはずだ。『地方路線のいくつかはやがて廃止されるべき』

2 適当・妥当の意を表す。…するのが適当。…するのがよい。『無責任な放言はすべきではない』

3 可能の意を表す。…できるはずだ。…できるだろう。『今月中に目標に到達すべく努力している』

4 (終止形で)勧誘・命令の意を表す。…してはどうか。…せよ。『明日は八時までに出勤すべし』

5 義務の意を表す。…しなければならない。『この件については君が責任をとるべきだ』

6 推量・予想の意を表す。…だろう。…しそうだ。」
「過去の歴史」について堀日亨が語っているところだから、「推量・予想の意」か、ないしは「可能の意」というところか。こういったところにも、堀日亨が言外に「『戒壇の大本尊』偽作説支持」を含ませているものと解釈できる。さてもう一つ。質問者は「日興上人は本門弘通の大導師であり、身延山久遠寺の別当であった」という前提に立っているが、これがそもそもの間違いである。日興は本門弘通の大導師でもなければ、身延山久遠寺の別当でもなかった。詳しくは

□大石寺の『二箇相承』は大石寺9世日有の偽作だ

http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_193001.html

こちらを参照せられたい。

59世日亨2
 

(大石寺59世堀日亨)

2祖日興1
 

(日興)

三師塔2
 

(大石寺墓苑の三師塔)