□日蓮正宗・創価学会の究極の目的である広宣流布・王仏冥合の真の意味とは一体何か5

 

さて池田大作の「舎衛の三億」構想を実質的に追認した大石寺66世細井日達法主は、「広宣流布」の具体像について、次のように言及している。

「今、深くこれを思うに、日本国全人口の3分の1以上の人が本門事の戒壇の御本尊に純真な、しかも確実な信心をもって本門の題目、南無妙法蓮華経を異口同音に唱えたてまつることができたとき、そのときこそ日本国一国は広宣流布したと申し上げるべきことであると、思うのであります。その時には我が大石寺は、僧侶の指導者たち、信徒の指導者たち、相寄り相談の上、(日蓮)大聖人ご遺命の富士山本門寺と改称することもありうると信ずるのであります」(昭和49(1974)1118日付け聖教新聞・創価学会第37回本部総会の大石寺66世細井日達法主の特別講演)

(大石寺26)日寛上人は此の文を取られて三重秘伝抄に『今、仏世尊の如きも四十余年秘して説かず、豈容易く之れを聞くことを得んや、縦え在世に生まると雖も舎衛の三億の如きは尚お見ず聞かざるなり、況んや像末辺土をや』と述べられている。しかし此の舎衛三億の言葉は、今日の我が国内に当てはめて、日蓮大聖人の仏法の流布を鑑みる時は、大いに意義の深いことを我々が等しく思う所である。大智度論巻第九に『九十一劫の三劫に仏有り、余の劫は皆空にして、仏無し甚だ憐愍す可し、仏此の重罪にして見仏の善根を種えざる人の為めに説いて言く、仏世に値い難し、優曇波羅樹華の時時に一たび有るが如し。是の如き罪人三悪道に輪転す、或は人天中仏出世の時に在りても其の人は見ずと説くが如し、舎衛城中九億の家あり、三億の家は眼に仏を見る。三億の家は耳に仏有ると聞くも眼に見ず、三億の家は聞かず、見ず。仏舎衛国に在ること二十五年而も此の衆生は聞かず見ず、何に況んや遠き者をや』の文から、日寛上人は舎衛三億の意をお採りになったのである。……ここに現今の我が国の妙法流布の情況を見るに、学会の人びと或いは法華講の人びとの布教によって、全国民が大聖人の南無妙法蓮華経を聞いて居ると思う。若し日本国に於いて、人口の三分の一以上の人が清浄な、しかも純信な大聖人の信徒となれば、日本国中は大聖人の仏法が広宣流布したといえる。なんとなれば、日蓮大聖人の仏法は下種の仏法なるが故に、順逆共に成仏するのである。よって、耳聞得道とこう大聖人は仰せられているのである」

(昭和50(1975)1月号『大白蓮華』大石寺66世細井日達法主の新年あいさつ『舎衛三億』)

池田大作は、「学会員が日本の総人口の3分の1となり、さらに、信仰はしないが、公明党の支持である人たちが、つぎの3分の1(昭和40(1965)716日付け聖教新聞・『青年部最高幹部会』での池田大作会長の話し)になることが広宣流布だと言っているのに対して、大石寺66世細井日達法主は「日本国全人口の3分の1以上の人が本門事の戒壇の御本尊に純真な、しかも確実な信心をもって本門の題目、南無妙法蓮華経を異口同音に唱えたてまつる」「日本国に於いて、人口の三分の一以上の人が清浄な、しかも純信な大聖人の信徒」になれば、広宣流布だという。

両者の言及、意味、内容には微妙な違いが見て取れる。

 

 

池田大作が言う「学会員が日本の総人口の3分の1となり」とは、名目上、信徒になっている人も全て含んで日本の総人口の3分の1と言っているのに対し、大石寺66世細井日達法主は「戒壇の御本尊に純真、確実な信心をもって南無妙法蓮華経を異口同音に唱える」「清浄な、しかも純信な大聖人の信徒」が3分の1以上と言っている。大石寺66世細井日達法主が言う「純真、確実な信心で南無妙法蓮華経を異口同音に唱える」「清浄な、しかも純信な大聖人の信徒」とは何を意味するのか。これには、創価学会や法華講の信徒の実情を知る必要がある。

というのは、創価学会でも法華講でも、信徒・会員・法華講員として登録されている人全員がくまなく、創価学会や法華講の行事に参加し、大石寺に登山しているわけではない。宗創和合時代から創価学会でも法華講でも、だいたい3分の1が積極的に信徒活動に参加する積極活動信徒、3分の1が信徒団体の幹部・役員から誘われれば行事に参加する消極的活動信徒、3分の1が信徒団体の幹部・役員が誘っても何をしても行事に出てこない名前だけの信徒、実質的な幽霊信徒だという。そうすると大石寺66世細井日達法主が言う「戒壇の御本尊に純真、確実な信心をもって南無妙法蓮華経を異口同音に唱える」「清浄な、しかも純信な大聖人の信徒」とは、信徒団体に所属する信徒総数ではなく、そのうちの「上位3分の1」の積極的に信徒活動に参加する積極活動信徒のことを指していると思われる。なぜなら、信徒団体の幹部・役員から誘われれば行事に参加する消極的活動信徒や幹部・役員が誘っても何をしても行事に出てこない名前だけの信徒、実質的な幽霊信徒を全て含めてしまったら、「戒壇の御本尊に純真、確実な信心をもって南無妙法蓮華経を異口同音に唱える」ことができないからだ。

昭和38(1963)91日、東京両国・日大講堂での創価学会第26回本部総会の席上、創価学会三代会長・池田大作はこう言っている。「…いま日蓮正宗創価学会は、(日本の)全世帯の3分の1の入信者というわけにはいきませんが、日本全国で約2千数百万世帯と言われているなかの1.5(15%のこと)、すなわち360万世帯の現勢力でありますが、…」

(昭和38(1963)93日付け聖教新聞・『創価学会第26回本部総会』の池田大作会長講演)

さらに創価学会は、1974(昭和49)年には800万世帯の折伏を達成したと公式に発表しているが、池田大作の「日本全国で約2千数百万世帯と言われている」から計算すると、創価学会の800万世帯の折伏で、日本の「舎衛の三億」「広宣流布」は達成されてしまうことになるが、大石寺66世細井日達法主は、広宣流布達成も大石寺の「本門寺改称」も許可しなかった。ということは、大石寺66世細井日達法主の「戒壇の御本尊に純真、確実な信心をもって南無妙法蓮華経を異口同音に唱える」「清浄な、しかも純信な大聖人の信徒」とは、「上位3分の1」の積極的に信徒活動に参加する積極活動信徒のことを指していることは明らかではないか。つまり積極的に信徒活動に参加する積極活動信徒が日本の総人口の3分の1になるということは、総信徒数は、日本の総人口とほぼ等しくなる状態を想定していることになる。しかしながら日本の総人口の3分の1が日蓮正宗の信徒になろうが、日本の総人口全てが日蓮正宗の信徒になろうが、日蓮正宗の広宣流布思想そのものが、日本の平和に対して重大な脅威であることに変わりはない。

広宣流布・本門寺改称1


広宣流布・本門寺改称2
 

(昭和49(1974)1118日付け聖教新聞・創価学会第37回本部総会の大石寺66世細井日達法主の特別講演)


66世日達13
 

(大石寺66世細井日達法主)