□大平内閣の発案・提唱から竹下内閣の導入・実現まで10年の歳月がかかった「消費税」

 

2015517日、橋下徹・大阪市長が率いる大阪維新の会が5年前から提唱してきていた、大阪市を廃止して5つの特別区を設置する「大阪都構想」が、大阪市民の住民投票に付され、反対多数で否決・廃案になった。この結果を受けて、橋下徹市長は次期市長選挙に出馬せず、政界引退を表明した。いわゆる「大阪都構想」は、橋下徹氏が大阪府知事だった2010年に提案したもので、住民投票まで足かけ5年。マスコミの世論調査等によれば、当初のころは賛成が多かったが、次第に賛成と反対が拮抗するようになり、住民投票が告示されてからは、反対が多くなった。

「大阪都構想」は、2014年に大阪府議会、大阪市議会でいったんは反対多数で否決されたものの、その後、公明党が大阪府議会、大阪市議会での裁決では賛成し、住民投票では反対するという方針に転換。そこで大阪府議会、大阪市議会で再度上程されて可決され、住民投票に持ち込まれた。あれだけ人気が高かった橋下徹・大阪市長の肝いりの「大阪都構想」が、なぜ住民投票で否決されたのか。政党別に見ると、「大阪都構想」に賛成なのは大阪維新の会だけで、他の自民党、民主党、公明党、共産党は反対。橋下徹氏は、大阪府知事、大阪市長としてさまざまな実績もあり、「大阪都構想」自体は間違っていなかったが、橋下徹市長・大阪維新の会による、かなり強引な議会運営や政治手法が反発を買った結果だとする説もある。さらに、こんな説もある。

それは、橋下徹氏が「大阪都構想」をはじめて提唱してから、5年しか経過しておらず、住民投票までの決着まで、あまりにも短兵急すぎたのだ、という説である。

そもそも日本という国は、政治制度の改革がなかなかなされにくい国だと言われている。例を挙げれば、日本には古代からつづいている「万世一系」の天皇家が今もつづいている。政治の実権は、蘇我氏→藤原摂関家→平家→源氏→北条得宗家→後醍醐天皇→足利将軍家→織田信長→豊臣秀吉→徳川将軍家というふうに、政権が交代していったが、天皇制を廃止する革命は起きず、天皇制そのものは今もつづいている。明治維新後、1889(明治22)に大日本帝国憲法が発布されたが、憲法改正はアメリカ占領下の1946(昭和21)11月の一度だけ。1947(昭和22)53日に施行された日本国憲法は、今日に至るまで一度も改正も修正もなされていない。戦後日本の政治制度改革の歴史を見てみると、いずれの場合でも、発案・提案から実現まで、最低でも10年の歳月がかかっているということである。

例えば「税制改革」。最初に消費税導入を唱えたのは1979(昭和54)年の大平正芳内閣だったが、一般消費税導入は世論の支持を得られず、衆議院総選挙で敗北。総選挙敗北の責任論から大平正芳vs福田赳夫のいわゆる「40日抗争」に発展した。その消費税導入が実現したのは、1989(平成1)年の竹下登内閣のときで、大平正芳内閣の発案から導入実現まで約10年の歳月がかかっている。しかし消費税導入は、国民の激しい反対に晒され、竹下内閣は退陣し、その年の参議院選挙で自民党は大敗し、過半数割れが起きた。

 

 

□提唱から実現まで20年がかかった小選挙区・比例代表並立制、13年がかかった郵政民営化

 

二番目に「小選挙区制」。最初に小選挙区制を提唱したのは1956(昭和31)年の鳩山一郎内閣で、これは単純小選挙区制で、世論から「ハトマンダー」と批判された。現在の小選挙区・比例代表並立制をはじめて提唱したのは、1973(昭和48)年の田中角栄内閣だった。これも「カクマンダー」とこき下ろされて、国民的反対運動が盛り上がって廃案になった。

小選挙区・比例代表並立制を導入する公職選挙法改正が国会で可決されたのは、1993(平成5)年の細川護煕内閣のときで、田中角栄内閣から数えて何と20年の歳月がかかっている。この時はすんなりと国会で可決されたわけではなく、連立与党の政府案は衆議院では可決されたが、参議院では社会党議員の造反が出て否決。その後、連立与党と自民党が修正案に合意して、ようやく衆参両院で可決されたが、それでも自民党と社会党から造反議員が出た。

三番目に「郵政民営化」。郵政民営化は、小泉純一郎氏が提唱してきたものだが、これがはじめて世間の脚光を浴びたのは、1992(平成4)年の宮沢喜一内閣で、「郵政民営化論者」の小泉純一郎氏が郵政大臣として入閣したとき。しかしこの時は実現どころか、野党のみならず、与党の自民党の中でも郵政民営化反対が圧倒的多数。小泉純一郎氏の政策は、完全に異端視されていた。

郵政民営化が政府報告として初めて盛り込まれたのは、1996(平成8)年の橋本龍太郎内閣の行政改革会議中間報告で、この時は、「かんぽ」「郵貯」は民営化だったが、郵便事業は国営のままとされた。郵政民営化が本格始動しはじめたのは、2001(平成13)年に小泉純一郎氏が自民党総裁・内閣総理大臣に就任してからである。小泉純一郎内閣は、郵政民営化を推し進め、全会一致の慣例を破って自民党総務会で党議決定を強行。2005(平成17)年に郵政民営化法案は衆議院では可決されたが、参議院では自民党から造反が出て否決。小泉首相は「郵政解散」に打って出る。衆議院総選挙で自民党の郵政民営化賛成派が圧勝。その後、ようやく衆参両院で郵政民営化法案が可決された。小泉純一郎氏の郵政大臣就任から数えて13年の歳月がかかっている。

こうしたさまざまな事例を見ていくと、戦後日本において政治制度改革には、最低でも10年はかかるということが言える。消費税は10年で導入が実現したが、何も10年で全てが成し遂げられているわけではない。郵政民営化は13年かかり、小選挙区・比例代表並立制は20年かかった。

しかし日本国憲法の改正はいまだに実現していない。こういった事例があることを考え合わせれば、ひょっとしたら「大阪都構想」も10年以上の歳月をかけていれば、実現していたかも知れないという説も、一理あると言えるのではないだろうか。

なぜこういったことを「アンチ日蓮正宗」が話題にするのかというと、正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」は、カルト宗教取り締まり新立法を目指しているからである。昭和の時代から宗教法人法改正が叫ばれていたが、1995(平成7)年のオウム真理教事件をきっかけにして、ようやく宗教法人法改正が行われたが、これくらいでカルト宗教取り締まりは実現できない。日本のカルト宗教対策のためには、カルト宗教取り締まり新立法が絶対に必要である。その実現のためには、短兵急に事を進めるのではなく、長期戦をも辞さないつもりで取り組んでいかねばならないだろう。

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(大阪市庁で記者会見する橋下徹・大阪市長・ユーチューブの映像より)

小泉純一郎8


小泉純一郎9
 

(衆議院本会議で演説する小泉純一郎首相・ユーチューブの映像より)