□「大衆福祉」の仮面をかぶり創価学会の布教活動の先兵役になっている公明党の政治活動2

 

なぜ創価学会は「広宣流布」「王仏冥合」の実現のために、「政治」「政党」(公明党)を必要としているのか。その第二の理由は、創価学会の信仰活動が日本ないし世界各国の一般庶民に何ら定着しておらず、創価学会が布教活動をやめてしまえば、創価学会員はどんどん減少して先細りしていくからである。ではなぜ創価学会が布教活動をやめたら、創価学会員がどんどん減少していくのか。宗教団体にとって布教活動とは、宗教活動のいわば生命線のようなものだが、創価学会員の実態はどうなっているかというと、創価学会活動に自ら積極的に参加する創価学会員が全体のおよそ1/3。創価学会幹部や両親、兄弟姉妹から誘われれば創価学会活動に消極的ながら参加する創価学会員が全体のおよそ1/3。あとの1/3は、創価学会幹部から誘われても、仏罰論や堕地獄論で脅迫されても創価学会活動には姿を見せない名前だけの創価学会員。この名前だけの創価学会員、創価学会活動に消極的ながら参加する創価学会員の多くの人、あるいは創価学会活動に自ら積極的に参加する創価学会員の一部が、将来的に創価学会を退会ないしは創価学会の信仰を捨て去っていく退会予備軍である。この退会予備軍が創価学会を退会していけば、創価学会が布教活動をストップした時、当然のことながら創価学会員の総数は減少の一途をたどる。否、退会予備軍が創価学会を退会しなくとも、退会予備軍の子どもや孫の代になれば、創価学会から離れていくので、これまた時間が経過するにしたがって創価学会員が減少していくことになる。創価学会員が減少していく要因はこれだけではない。創価学会の基本的信仰活動のひとつである日々の「勤行」からして、創価学会員はサボりまくっており、勤行が自然な形で創価学会員に定着していない。特に20才代の若い独身男女に定着しておらず、若い創価学会員たちは、自宅から会社へ出勤する時刻ギリギリまでベッドで寝ていて、10分前に起き上がり、大急ぎで身支度を調え、勤行どころか食事もせずに、大急ぎで会社へ出勤する。朝の勤行など全く眼中にない。

中でも20才代の独身女性の創価学会員(いわゆる創価学会女子部信徒)にとっては、勤行よりもお化粧や衣服、彼氏のほうが大事であると考えている。だから創価学会の信仰に凝り固まって固いことばかり言っている創価学会員の独身男性とは結婚せず、頭の中が柔軟な一般世間の独身男性と結婚するケースが続出している。創価学会の中の独身男性と独身女性の比率は64、ないしは21で、圧倒的に独身男性が多く、創価学会男子部の中には、創価学会活動に若かりし人生を傾けながら、創価学会女子部信徒と結婚できない独身男性が続出している。こういう人たちの多くは、世間一般の女性と結婚して創価学会の信仰活動をつづける人もいるが、その一方で結婚を契機にして、創価学会のカルト活動の誤りに目覚め、創価学会を去っていく人もかなりいる。あるいは結婚とは関係なく、創価学会のカルト宗教活動、創価学会・公明党の政教一致体質、創価学会の独善的体質、男尊女卑体質、強引・執拗な体質、創価学会の非常識な活動に「NO」を突きつける良識派の人もいる。

 

 

□投票用紙に公明党と書くのは入信決意書にサインしたのと同じだと言っていた創価学会幹部

 

こういった人たちは、いわゆる「退会予備軍」ではなく、かつては創価学会活動に積極的に参加していた人たちである。こうした創価学会退会の他に、創価学会を去って日蓮正宗や顕正会に移る「日蓮正宗系」カルトサーフィンをする人や創価学会退会と同時に「日蓮正宗系」の信仰を完全にやめる人も続出している。こうした創価学会員減少要因はかなり多くある。これと似たような事例をあげれば、1960年代の庭野日敬開祖会長全盛時代の立正佼成会は、公称会員数600万人だった。ところが開祖会長が退任して次代会長の時代になり、2010年代の今は300万人台。ほぼ半分に減ってしまっており、東京・杉並の立正佼成会本部も、かつての賑わいはない。布教が失敗すると、こうなってしまうのである。

だから創価学会が布教活動をやめるなどということは、あり得ない。「世界広宣流布は日蓮の遺命」だの何だのと、いろいろな理由付け、定義づけをして布教活動はつづけていく。それはなぜかというと、創価学会には数十万人といわれる創価学会本部職員、全国会館の専従職員、公明党職員、外郭団体職員・社員といった創価学会で生活が成り立っている「創価学会メシ軍団」が寄生している。「創価学会メシ軍団」にとって創価学会員の増加は歓迎だが、創価学会員の減少は死活問題になる。だから創価学会員の退会等によって創価学会員が減少した分は、布教活動によって創価学会員を増やさないと、「創価学会メシ軍団」にとっては、自分たちの収入や生活に直接影響する。では公明党は、どのようにして創価学会の布教活動に関与しているのか。表向きは、公明党は、創価学会の布教活動とは全く無関係の政治活動に専念しているように見えるが、それは全くそうではない。私は、かつて溝口個人会館(仮名)や東京・N区の個人会館等において、創価学会幹部が大勢の創価学会員たちを前に、こんな発言をしているのを聞いたことがあった。

「比例代表選挙の投票用紙に世間一般の外部の人が『公明党』と書くのは、創価学会の入信決意書にサインするのと同じだ」

ここで言う比例代表選挙とは、参議院の比例代表選挙のこと。21世紀に入って参議院の比例代表選挙は、政党名のみならず候補者個人名でもOKになった。又、1990年代半ばには、参議院のみならず衆議院選挙でも「小選挙区・比例代表並立制」という形で、政党名を書く比例代表選挙が導入された。そこで世間一般の外部の人が『公明党』と書くのは、創価学会の入信決意書にサインするのと同じだという創価学会幹部。この発言は創価学会と公明党の関係をストレートに表現するのみならず、公明党がどのようにして創価学会の布教活動に関与しているのかを端的に表現している発言と言える。私に言わせれば、比例代表選挙の投票用紙に世間一般の外部の人が『公明党』と書くのはおろか、公明党公認候補者の名前を書くことすらも、創価学会・公明党・池田大作の膝の下に屈することを意味すると思う。私は選挙権を得て以来、選挙の時には必ず投票に行っているが、過去に一度も投票用紙に公明党ないしは公明党公認候補者の名前を書いたことはない。今後も選挙の時に投票用紙に公明党ないしは公明党公認候補者の名前を書くことは絶対にないことは、当然のことである。

舎衛の三億・王仏冥合1


舎衛の三億・王仏冥合2
 

(『王仏冥合』『舎衛の三億』に言及している昭和40(1965)716日付け聖教新聞・『青年部最高幹部会』での池田大作会長の話し)

結党3
 

(公明党結党を報道する1964(昭和39)1119日付け聖教新聞)