■検証225・大石寺の「戒壇大本尊」が大石寺9世日有の偽作である16の証拠80

 

□大石寺門流で歴史上初めて「日蓮本仏義」を説いた日蓮正宗大石寺9世法主日有

 

一般的な宗教学上の学説などでは、日蓮本仏義は、大石寺26世日寛によって確立されたとの見解がなされているが、日蓮を人本尊(本仏としての本尊)とする教義を富士門流、なかんずく大石寺門流の中で、明確に確立したのは、大石寺9世日有である。大石寺9世日有が、「戒壇の大本尊」なる板本尊を偽作して日蓮真筆だなどと詐称し、大石寺門流の中心・根本の本尊(法の本尊と日蓮正宗が呼んでいる)に据えた以上、日蓮を根本の仏(末法の本仏・久遠元初の本仏・人の本尊と日蓮正宗が呼んでいる)に据えないと、大石寺門流の教義の骨格の辻褄が合わなくなる。

日蓮の教義の中でも最重要教義としている「本門事の戒壇」に安置する「戒壇の大本尊」なる黒漆塗りに金箔加工を施した豪華絢爛な板本尊の“造立主”は『仏』でなければならなかった。釈迦牟尼から相承を受けた上行菩薩が末法の世に再誕した僧侶・日蓮という位置づけでは、『仏』よりも格下の『僧』が『法の本尊』を説いたことになり、教義が自己矛盾に陥ってしまう。大石寺9世日有は、大石寺門流の中で、最初に「日蓮本仏義」なる教義を説いた人物であった。 大石寺9世日有は、弟子の南条日住が筆録した「化儀抄」において、

「当宗の本尊の事、日蓮聖人に限り奉るべし」(日蓮正宗大石寺59世法主・堀日亨が編纂した『富士宗学要集』1巻相伝信条部p65)

と、はっきりと明示し、その上から、仏教教学的な観点から、日蓮本仏の教義を種々に説き示している。又、大石寺9世日有の説法の聞書を筆録した「有師談諸聞書」には

「高祖(日蓮)大聖は我れ等が為に三徳有縁の主師親・唯我一人の御尊位と云へり」(日蓮正宗59世法主・堀日亨が編纂した『富士宗学要集』2p159)

という大石寺9世日有の説法が残されていて、日蓮の位は、法華経で「唯我一人能為救護」と説いた釈迦牟尼と同じ仏の位であると大石寺9世日有が言っている。 大石寺9世日有の時代に、京都の日尊門流から大石寺9世日有に帰伏し、大石寺9世日有の教義展開の旗振り役を演じた大石寺の僧侶・左京阿闍梨日教は、大石寺9世日有の日蓮本仏義に付随する形で

「本門の教主釈尊とは日蓮聖人の御事なり」(日蓮正宗59世法主・堀日亨が編纂した『富士宗学要集』2p182収録の日教の著書「百五十箇条」より)

「当家には本門の教主釈尊とは名字の位・日蓮聖人にて御座すなり」(日蓮正宗59世法主・堀日亨が編纂した『富士宗学要集』2p320収録の日教の著書「類聚翰集私」より)

等と述べて、日蓮本仏義を鼓舞している。

 

 

□大石寺9世日有が偽作した「日蓮本仏義」の吹聴に重大な役回りを演じた左京阿闍梨日教

 

左京阿闍梨日教の著書の背景には、大石寺9世日有の教義があったことは明らかで、大石寺9世日有は左京阿闍梨日教を使って、日蓮本仏の信仰の思想化をした始めての人物であると言える。日蓮や日興が生きていた時代には「日蓮本仏義」なる思想は、全く存在していなかった。

日蓮を人本尊(本仏としての本尊)とする教義を富士門流、なかんずく大石寺門流の中で、明確に確立したのは、大石寺9世日有である。日有は、弟子の南条日住が筆録した「化儀抄」において、

「当宗の本尊の事、日蓮聖人に限り奉るべし。仍て今の弘法は流通なり。滅後の宗旨なる故に未断惑の導師を本尊とするなり」

「当宗には断惑証理の在世正宗の機に対する所の釈迦をば本尊には安置せざるなり。其の故は未断惑の機にして六即の中には名字初心に建立する所の宗なる故に地住已上の機に対する所の釈尊は、名字初心の感見には及ばざる故に、釈迦の因行を本尊とするなり。其の故は我れ等が高祖日蓮聖人にて在すなり」

(日蓮正宗大石寺59世法主・堀日亨が編纂した『富士宗学要集』1巻相伝信条部p65)

と、はっきりと明示し、仏教教学的な観点から、日蓮本仏の教義を種々に説き示している。

又、大石寺9世日有の説法の聞書を筆録した「有師談諸聞書」には

「高祖(日蓮)大聖は我れ等が為に三徳有縁の主師親・唯我一人の御尊位と云へり」

(日蓮正宗59世法主・堀日亨が編纂した『富士宗学要集』2159ページより)

という大石寺9世日有の説法が残されていて、日蓮の位は、法華経で「唯我一人能為救護」と説いた釈迦牟尼と同じ仏の位であると言っている。

左京阿闍梨日教は、大石寺9世日有の時代の晩年のころには日蓮正宗大石寺門流に帰伏し、「三大秘法」「日蓮本仏」「法主の血脈」といった大石寺9世日有の教義を、説法の聞書がほとんどの日有とは対称的に、左京阿闍梨日教は自らの著書などで盛んに宣揚・鼓舞していっている。これら大石寺9世日有の説法を書きとどめた史料、ならびに左京阿闍梨日教の著書以前に、「日蓮本仏義」は大石寺門流には、全く存在していなかった。「日蓮本仏義」を大石寺門流の中で、歴史上はじめて明確に確立したのは、大石寺9世日有である。 左京阿闍梨日教の著書の背景には、大石寺法主・日有の教義があったことは明らかで、大石寺9世日有は左京阿闍梨日教を使って、日蓮本仏の信仰の思想化をした始めての人物であると言える。 と同時に、大石寺9世日有が大石寺門流ではじめて唱えた「日蓮本仏義」の完成・吹聴に当たって、重大な役回りを演じたのが、左京阿闍梨日教であり、この左京阿闍梨日教という人物は、大石寺9世日有が唱えた「日蓮本仏義」に関して、大きなポイントの人物ということになるのである。

□大石寺9世日有の偽作解明の鍵・左京阿闍梨日教(本是院日叶)

http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_649503.html

9世日有4(諸記録)
 

(能勢順道氏の著書『諸記録』に載っている大石寺9世日有の肖像画)

戒壇大本尊3
 

(大石寺『戒壇の大本尊』)