□大講堂の耐用年数を過ぎているのに改築魔も大規模修繕もしないまま使用するのは危険だ

 

1958(昭和33)3月、創価学会二代会長・法華講大講頭(当時)・戸田城聖が発願主になり、創価学会が寄進した大講堂という名の堂宇が、今も大石寺境内に残っている。現在の大石寺境内にそびえ立つ大講堂は、1958(昭和33)3月に創価学会が寄進した大講堂が、ただの一度も増築も改築もリフォームも、大規模修繕も何もしないままの状態で残っている。まずは「法華本門大講堂落慶法要」を報道する昭和33(1958)37日付け聖教新聞から。

大講堂落慶1


大講堂落慶2


大講堂落慶3
 

(「法華本門大講堂落慶法要」を報道する昭和33(1958)37日付け聖教新聞)

次の資料は1984(昭和59)年発行「大石寺案内」に載っている大石寺大講堂。

大講堂2(1984)
 

「大石寺案内」の中に、これが1958(昭和33)3月、創価学会二代会長・法華講大講頭(当時)・戸田城聖が発願主になり、創価学会が寄進した大講堂であると載っている。

次の資料は1990(平成2)7月発行「日蓮正宗法華講連合会第27回総会」と題する写真集に載っている大石寺大講堂である。

大講堂3(1990)


大講堂4(1990)
 

この写真集の中に、1958(昭和33)3月、創価学会二代会長・法華講大講頭(当時)・戸田城聖が発願主になり、創価学会が寄進した大講堂であると載っている。

次の資料は、1993(平成5)年発行「大石寺案内」に載っている大坊である。

大講堂5(1993)


大講堂6(1993)
 

この中に、1958(昭和33)3月、創価学会二代会長・法華講大講頭(当時)・戸田城聖が発願主になり、創価学会が寄進した大講堂であると載っている。

大講堂1
 

そしてこれが現在の大石寺大講堂である。1958(昭和33)3月当時の大講堂と全く同じである。

ところで、「鉄筋コンクリート建築・耐用50年説」ないしは「60年説」というものがあるのをご存知だろうか。東京都心の大手町・丸の内・京橋・銀座界隈では、195060年代に造成された鉄筋コンクリート造りのビル建築が、どんどん建て替えられて、新しいビルに様変わりしている。主なところでは、読売新聞社、サンケイ新聞本社、経団連ビル、丸ビル、新丸ビル、大丸ビル、フジテレビ本社、TBS本社、テレビ朝日本社、マルハ本社、銀座松坂屋等、どんどん建て替えられて、新築されている。同じく高度成長期に造成された首都高速道路も立て替えの必要性が指摘されているところである。「鉄筋コンクリート建築・耐用50年説」「60年説」というものからすれば、1958(昭和33)3月落成の大講堂は、建て替え時期に来ていると考えられる。1990(平成2)・大石寺開創七百年のとき、当時の法華講総講頭・大石寺開創七百年慶讃委員長の池田大作が、大講堂の建て替えを阿部日顕に進言したが、阿部日顕が拒否したという情報も入ってきている。それだけこの大講堂は、日蓮正宗大石寺法主の“お気に入り”の堂宇であるようだ。しかし大講堂が“お気に入り”であるのは、法主の勝手だが、大講堂の建物としての耐用年数を過ぎているのに、増築も改築もリフォームも、大規模修繕も何もしないままの状態で使用するのは、いささか危険ではないだろうか。

 

 

□大講堂を酒宴・酒盛り大宴会会場として使うのなら大石寺は大講堂を「大宴会場」と改名せよ

 

仏教寺院の講堂とは、経を講じ各種の行事を行う堂宇。奈良仏教寺院では、金堂(本堂)の背後にあり法隆寺大講堂はその代表例。多くの僧侶が参集するため金堂(本堂)より大きく造るが,装飾性は少い。鎌倉時代以後はほとんど造られなくなったが,禅宗で復活し,法堂 (はっとう) として仏殿(本堂)の背後に造られた。大講堂が金堂より大きいのは古代仏教伽藍の通則で、これは南都仏教が教学を重んじ講堂に大勢の学僧が参集して経典を講讃したためである。特に薬師寺では平安時代に入ると南京三会[なんきょうさんえ]の一つ最勝会[さいしょうえ]の道場となって、勅使[ちょくし]を迎えた法会が毎年盛大に営まれた。

大石寺の大講堂も、かつては全国教師講習会、行学講習会、寺族同心会、法華講連合会総会、法華講連合会総登山会法主講義、等々の行事のメイン会場として使用されていた。

教師講習会(大講堂)1


教師講習会(大講堂)2


教師講習会(大講堂)3


教師講習会(大講堂)4
 

(大講堂での第63回全国教師講習会を報じる平成2610月号「大日蓮」)

法華講連合会総会(大講堂)1


法華講連合会総会(大講堂)2
 

(大講堂での第52回法華講連合会総会を報じる平成272月号「大日蓮」)


ところが大石寺境内に広布坊が落成し、新しい客殿が落成すると、全国教師講習会、行学講習会、寺族同心会、法華講連合会総会、法華講連合会総登山会法主講義等々のメイン会場は、大講堂から広布坊、新客殿に移り、大講堂は法華講連合会総会、法華講連合会総登山会法主講義等々のサブ会場に格下げになっていった。ところがそういう中にあって、今でも寺族同心会懇親会、早瀬日如法主登座十周年祝賀会は、大講堂をメイン会場である。かつて阿部日顕法主登座10周年、15周年、20周年祝賀会のメイン会場として大講堂が使われた。祝賀会だの懇親会だのというのは、いわば酒宴、酒盛りの大宴会のこと。大勢の学僧が参集して経典を研鑽するためのはずの大講堂が、僧侶の酒盛りの宴会のメイン会場として使われているのだから、呆れ果ててしまう。

こんなことなら、いっそのこと大石寺は大講堂を「大宴会場」と改名すべきではないだろうか。

法主祝賀会(大講堂)1


法主祝賀会(大講堂)2


法主祝賀会(大講堂)3
 

(大講堂が早瀬日如法主登座十周年祝賀会のメイン会場として使用されたことを報じる平成282月号「大日蓮」)