□宗内の行政権と司法権(僧侶・信徒の懲戒処分)を一手に握る大石寺法主・日蓮正宗管長
日蓮正宗とは最高指導者・大石寺法主(ほっす)に権力が一極集中した法主専政のカルト宗教であることを検証する上で、大きなポイントになるものが、日蓮正宗の宗制・宗規により、最高指導者の大石寺法主・日蓮正宗管長を頂点とするに日蓮正宗宗務院が、宗内の行政権と司法権(僧侶・信徒の破門・除名等の懲戒処分)を握っていることである。では日蓮正宗の僧侶・信徒の破門・除名等の懲戒処分とは、どうなっているのか。まずは僧侶に対する懲戒規定から。
●第二百三十三条 僧侶に対する懲戒は、次の六種と定める
□1 譴責 罪科を明記した宣誡状をもって叱責する、
□2 停権 二年以内の期間を限り、役職員への就任並びに選挙権及び被選挙権を停止する。
□3 降級 僧階を一級乃至三級降す。□4 罷免 住職又は主管の職を罷免する。
□5 奪階 現僧階を剥奪し、沙弥に降す。
□6 擯斥(ひんせき) 本宗より擯斥し、僧籍を削除する。いわゆる「破門」である。
●宗規第二百三十四条 次の各号の一に該当する者は、擯斥に処する
□1 法主の権限なくして本尊を書写し又は日号を授与した者
□2 教義上の異説を唱え又は信仰の改変を企て、訓戒を受けても改めない者
□3 管長を誹謗又は讒謗(ざんぼう)し、訓戒を受けても改めない者
□4 住職、主管又はそれらの代務者の赴任の際、これを妨害し又は寺院若しくは教会の財産の引継ぎをしない者
●第二百三十五条 次の各号の一に該当する者は、その情状に応じて、第二百三十三条各号に定めるいずれかの懲戒に処する
□1 本宗の法規又は寺院若しくは教会の規則に違反した者
□2本宗、寺院又は教会の秩序を乱し又はその信用を害した者
□3 正当な理由なく宗務院の命令に従わない者
□4 宗内の選挙に関し、本宗の法規に違反し又は不正の行為をなした者
□5 住職、主管又はそれらの代務者として職務に違背し又はこれを懈怠した者
□6 本宗僧侶としての品位を失うべき非行を犯した者
□7 その他本宗僧侶として相応しくない言動をした者
僧侶への懲戒は、日蓮正宗管長(法主)の名をもって日蓮正宗宗務院が宣告書を作り、懲戒の事由及び証拠を明示し、懲戒条規適用の理由を付して、当人に宣告して実行される。
さらにこれに加えて日蓮正宗宗規第二百四十条には、こんな規定がある。
「(宗務院等の)役職員、参議又は宗会議員にして、停権以上の懲戒に処せられたときは、免職の手続きを為さずしてその職を失う。但し、懲戒処分を取消されたときは、復職できるものとする。」
□法主専政の伝家の宝刀になっている「正当な理由なく宗務院の命令に従わない者」への懲戒
大石寺法主が、「法主専政」の伝家の宝刀として使うのが宗規第234条・235条・240条の
「正当な理由なく宗務院の命令に従わない者」
「管長を誹謗又は讒謗(ざんぼう)し、訓戒を受けても改めない者」
「住職、主管又はそれらの代務者の赴任の際、これを妨害し又は寺院若しくは教会の財産の引継ぎをしない者」「教義上の異説を唱え又は信仰の改変を企て、訓戒を受けても改めない者」
「(宗務院等の)役職員、参議又は宗会議員にして、停権以上の懲戒に処せられたときは、免職の手続きを為さずしてその職を失う。」
である。具体的な史実を見てみよう。
1979(昭和54)年から1982(昭和57)年にかけて、日蓮正宗・創価学会の和合路線の大石寺法主・日蓮正宗宗務院と、池田大作の板本尊模刻を追及し続ける正信覚醒運動(のちの正信会)の僧侶が対立。1980年8月、宗務院は正信覚醒運動が主宰する檀徒大会の中止を命令。ところが正信覚醒運動側は檀徒大会の開催を強行。同年10月、宗務院は200人以上の僧侶を「正当な理由なく宗務院の命令に従わない者」として懲戒処分にしたが、中心者の5人を住職罷免処分とした。ところが5人とも、住職罷免を認めず、事務引き継ぎを拒否。すると宗務院は、5人を「住職、主管又はそれらの代務者の赴任の際、これを妨害し又は寺院若しくは教会の財産の引継ぎをしない者」として擯斥。破門処分とした。正信会は宗会(正信会側は議長の久保川法章と議員9名)と監正会(正信会側は会長の岩瀬正山と常任監正員3名)の過半数を確保しており、監正会は宗務院に不服の場合の最終判定を下すことから処分してはならないとの裁定を予め出していたが、宗務院は、監正会会長の岩瀬正山と常任監正員3名らを処分者に含め、宗規の「(宗務院等の)役職員、参議又は宗会議員にして、停権以上の懲戒に処せられたときは、免職の手続きを為さずしてその職を失う。」の規定により、監正会会長の岩瀬正山と常任監正員3名らを懲戒処分による「資格喪失」として、監正会員自身が関係する案件には関われないとして懲戒処分を強行した。
つづいて1981年1月、正信会「会長」・久保川法章が、大石寺法主の血脈相承を否定する論文を発表すると、宗務院は、「教義上の異説を唱え又は信仰の改変を企て、訓戒を受けても改めない者」として擯斥。破門処分とした。さらに1981年2月、正信会僧侶が、大石寺66世日達から大石寺67世日顕へ血脈相承した形跡がないと主張、日蓮正宗管長の資格を有さないとして地位不存在確認の裁判を起こすと、宗務院は、この訴訟に名を連ねた180名以上の僧侶を、「管長を誹謗又は讒謗(ざんぼう)し、訓戒を受けても改めない者」として擯斥。破門処分とした。
1990年12月、池田大作の総講頭罷免に端を発した日蓮正宗と創価学会の「宗創戦争」勃発で、日蓮正宗は創価学会との和合路線から対決・批判路線に転換。すると「親創価学会派」の寺院住職は、大石寺67世日顕法主・宗務院の路線に反対。日蓮正宗からの宗派離脱を強行した。
これに対して宗務院は、宗派離脱を企図する住職に「宗派離脱の撤回」を命令。住職がこれを拒否すると、宗務院は「正当な理由なく宗務院の命令に従わない者」として住職罷免処分とした。ところが住職のほうは、住職罷免を認めず事務引き継ぎを拒否。すると宗務院は「住職、主管又はそれらの代務者の赴任の際、これを妨害し又は寺院若しくは教会の財産の引継ぎをしない者」として擯斥。破門処分とした。その後、大石寺法主の「強引折伏路線」に反対して宗派離脱を企図した住職に対しても同じ。宗務院は、宗派離脱を企図する住職に「宗派離脱の撤回」を命令。住職がこれを拒否すると、宗務院は「正当な理由なく宗務院の命令に従わない者」として住職罷免処分とした。ところが住職のほうは、住職罷免を認めず事務引き継ぎを拒否。すると宗務院は「住職、主管又はそれらの代務者の赴任の際、これを妨害し又は寺院若しくは教会の財産の引継ぎをしない者」として擯斥。破門処分とした。
つまり大石寺法主・日蓮正宗管長をトップとする日蓮正宗宗務院の政策・路線に反対する僧侶に対して、宗務院は、その僧侶に「宗務院の政策・路線に従え」と指導・命令する。これを拒否すると、宗務院は「正当な理由なく宗務院の命令に従わない者」として懲戒処分を下してしまうのである。
つまり日蓮正宗宗規第233~235条の懲戒処分の規定、中でも「正当な理由なく宗務院の命令に従わない者」への懲戒規定は、大石寺法主専政の「伝家の宝刀」になっているのである。
(住職罷免処分の懲戒宣告書を手渡そうとする日蓮正宗宗務院・藤本栄道総監・大村寿顕教学部長・単行本「正信覚醒運動の歩み」より)
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