■検証51・大石寺に「大石寺三祖日目の正墓」は存在しない10

 

□日蓮正宗は毎年1215日の下之坊御会式で日目「墓参」と称する儀式を即刻中止せよ

 

日蓮正宗では毎年1215日に、大石寺法主が静岡県富士宮市の大石寺の南約2キロぐらいの所にある下之坊という名前の寺院に下向し、下之坊の御会式とともに、大石寺三祖日目の「墓参」と称する儀式を行っている。20161215日も、大石寺68世早瀬日如法主が下之坊に下向し、日蓮正宗の大勢の僧侶が出仕。さらに全国各地の日蓮正宗信徒が参詣して盛大に、下之坊御会式と大石寺三祖日目の「墓参」が行われたことが、平成292月号「大日蓮」に載っている。

「アンチ日蓮正宗」では、当シリーズにおいて、大石寺三祖日目の正墓は大石寺・下之坊になく、日蓮本宗本山・京都要法寺の末寺・鳥辺山實報寺にある、と再三にわたって指摘してきている。

大石寺59世法主堀日亨編纂『富士宗学要集』8p6971に収録されている、京都・東山の延年寺墓地に葬られた日目の墓地を、富士門流が延年寺から墓地を四度にわたって買い取って、墓域を拡張した四通の文書(堀日亨は売券と呼んでいる)によって、日目が京都・鳥辺山の延年寺墓地に葬られたことは明らかである。この古文書を堀日亨は正文書と認めており、さらに上代の法主である大石寺17世日精も、「家中抄」で、日目は京都・東山・鳥辺野に葬られたと書いている。つまり日蓮正宗大石寺の上代の法主が、大石寺三祖日目は京都・鳥辺山に葬られたと認めているのである。大石寺・下之坊にある日蓮正宗が「日目上人の墓」と自称するものはニセ墓である。

ところが日蓮正宗では、毎年毎年1215日に大石寺三祖日目の「墓参」と称する儀式を行い、さらに1982(昭和57)1215日には、日目第六百五十回遠忌を大石寺で行い、日目の「廟参」を行ったと宣伝している。

これらはいずれも大石寺や下之坊に、大石寺三祖日目の墓があるのだ、というウソを、日蓮正宗の信徒に信じ込ませるための、パフォーマンスであろうと思われる。大石寺三祖日目の正墓は大石寺・下之坊になく、日蓮本宗本山・京都要法寺の末寺・鳥辺山實報寺にあるのだから、日蓮正宗は毎年1215日の下之坊御会式で日目「墓参」と称する儀式を即刻中止すべきである。

日蓮正宗は、大石寺三祖日目「墓参」と称する儀式を行いたいのなら、日蓮本宗本山・京都要法寺の末寺・鳥辺山實報寺で行うべきである。

 

下之坊・日目墓参1
 

(平成292月号「大日蓮」に載っている大石寺三祖日目の「墓参」と称する儀式)

 

下之坊御会式1


下之坊御会式2
 

(平成292月号「大日蓮」に載っている下之坊の御会式)