■検証27・大石寺「唯授一人血脈相承」が偽作である証拠・「本門寺」思想の大ウソ2

 

日蓮は戒壇建立の地、戒壇の寺号を具体的に文献には残さなかった

 

「百六箇抄」には「本門寺」思想について、次のようにある。

「四十三、下種の弘通戒壇実勝の本迹、 三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺本堂なり……

又五人並に已外の諸僧等、日本乃至一閻浮提の外万国に之を流布せしむと雖も、日興嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為すべきなり。 」

この中に「富士山本門寺の本堂を建立」という、いわゆる「本門寺思想」が登場する。「百六箇抄」に登場する「本門寺戒壇建立思想」は、日蓮は全く説いておらず、矛盾に満ちている。

「百六箇抄」の文中「四十二、下種の弘通戒壇実勝の本迹」の条文に登場する

「三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺の本堂なり」(御書全集p1699)

という文の「富士山本門寺の本堂」とは、「二箇相承」の「国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂ふは是なり」の「富士山本門寺戒壇」と全く同義である。「百六箇抄」にはつづけて

「直授結要付属は一人なり。 白蓮阿闍梨日興を以て総貫首と為して、日蓮が正義悉く以て毛頭程も之れを残さず、悉く付属せしめ畢ぬ。 上首已下並に末弟等異論無く、尽未来際に至るまで予が存日の如く、日興嫡嫡付法の上人を以て総貫首と仰ぐべき者なり」「五人並に已外の諸僧等、日本乃至一閻浮提の外万国に之を流布せしむと雖も、日興嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為すべきなり。」(大石寺59世堀日亨編纂「富士宗学要集」1p21)

とあるので、「二箇相承」の「富士山本門寺の戒壇」、「百六箇抄」の「富士山本門寺の本堂」とは、「日興嫡嫡相承の曼荼羅」つまり大石寺の「戒壇の大本尊」なる板本尊を祀る「本堂」であり「戒壇」であるということになる。そうすると大石寺の「戒壇の大本尊」なる板本尊が日蓮真造ではなく、後世の偽作本尊だということになれば、自動的に「二箇相承」も「百六箇抄」も「日興跡条条事」も偽書ということになる。では日蓮は「戒壇」建立について、何と説いているのか。日蓮は「戒壇」建立の地については1282(弘安5)48日の遺文(御書)「三大秘法抄」に次のようにある。

「戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是なり」(御書全集p1595)

日蓮は「三大秘法抄」の中で「戒壇」建立の地については「霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて」と言っただけで、具体的な地名には触れなかった。又、その「戒壇」の名称についても、具体的には触れておらず、寺号が「本門寺」になるかどうかも決まっていなかった。

 

 

 

□日蓮の遺文に「本門寺」寺号に触れた書は全くなく日蓮と大石寺『本門寺思想』は全く無関係

 

これは「三大秘法抄」のみにとどまらず、日興が「本門寺思想」について言及している「冨士一跡門徒存知事」でも日興は、五老僧の

「先師何れの国何れの所とも之を定め置かれず」(御書全集p1872)

という指摘に対して、

「凡そ勝地を撰んで伽藍を建立するは仏法の通例なり。然れば駿河富士山は是日本第一の名山なり。最も此の砌に於いて本門寺を建立すべき由奏聞し畢ぬ」(御書全集p1873)

と言って、「此の砌」が「勝地」とも「富士山」とも、どちらにも解釈できるような曖昧な言い方をしている。1282(弘安5)48日に日蓮が執筆した遺文(御書)である「三大秘法抄」にすら、具体的な地名を書き残していないのに、「二箇相承」や「百六箇抄」に、「戒壇」建立の地として「富士山」の名前があり、寺号として「本門寺」の寺号があるのは、明らかな矛盾である。

「三大秘法抄」については、真偽論争が昔からつづいており、日蓮宗では近年、この遺文を「真書」であるとしているが、その一方で依然として偽書説を唱える学者もおり、現在においても真偽の決着が付いていない遺文(御書)である。しかし仮にこれが偽書だったとしても、日蓮が「戒壇」建立の地について、具体的な地名には触れなかったことに変わりがない。

「本門寺」の寺号そのものは、六老僧第二位の日朗が開山、池上宗仲が開基の「池上本門寺」の寺号として残っている。池上本門寺の僧侶から「本門寺」寺号について

「本門寺の寺号については、池上本門寺の寺伝によれば、お祖師様(日蓮)が命名された、ということになっています。しかし、お祖師様のご遺文の中には、本門寺の寺号について書かれているものはひとつもありません。ただし、古文書を紐解いていくと「本門寺 日朗」と書いた文献が存在しているので、日朗聖人在世のころには、すでに本門寺の寺号はあったと考えられます」

「池上本門寺の『本門寺』の寺号は、『日蓮聖人門下の寺院は全て法華本門の寺である』という考えから来ています。法華本門の寺であるから『本門寺』の寺号が付けられたものです。冨士門流の『本門寺思想』というものは、関係ないですねえ」

「お祖師様の遺文に本門寺の寺号とか、『本門寺思想』に触れたものはひとつもありません。池上本門寺の『本門寺』寺号は、法華本門の寺という意味ですから。」

との回答を得ている。

池上本門寺の『本門寺』寺号は、「日蓮聖人門下の寺院は法華本門の寺である」という意味から付けられた寺号で、富士門流の『本門寺思想』は全く関係ないとの見解であり、日蓮の遺文の中には「本門寺」寺号について触れた書は全くないとの見解である。

日蓮は「戒壇」建立の地や戒壇の寺号については具体的に文献には残さなかった。したがって、この「百六箇抄」の「三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺本堂なり」の文は明らかに史実に反しており、「百六箇抄」も「血脈相承」も偽作である証拠ということになる。

 

百六箇抄6(富士山本門寺本堂)


百六箇抄7(日興嫡嫡相承本堂正本尊)
 

(堀日亨編纂『富士宗学要集』に載っている「百六箇抄」)

 

二箇相承5
 

(1970年刊『仏教哲学大辞典』に載っている『二箇相承』