■検証290・鎌倉時代・小氷期の極寒地獄の身延山に自生の楠木はなかった20
□枯木・細木・幹が根本から分かれている楠木から「戒壇の大本尊」造立は不可能である2
大石寺66世細井日達法主は昭和52年(1977)5月26日・大石寺大講堂・寺族同心会の説法にて
「戒壇の御本尊様は楠の厚木です。表から見るとこういう板です。ところが此れは大変な板です。ただの板ではないのです。こういう板になっているのです。だから後ろから見ると丸木です。丸木を表だけ削ってあるわけです。大変なものです。重たい。上はただ三寸そこそこの板ですけれど、まわりは丸木です。まん丸い木です。その丸い木を、前を削って板にしたにすぎません・・・」(昭和52年5月26日の大石寺大講堂・寺族同心会の指南・日達上人全集第2輯5巻p445)
と言っている。つまり大石寺の「戒壇の大本尊」は楠木の半丸太状の板本尊だという。さらに、昭和54年(1979)に発刊された原進写真集「正法の日々」に載っている霊宝虫払い大法会の「戒壇の大本尊」煤払いの儀の写真を見ると、「戒壇の大本尊」は煤払いをする法主の身長とほぼ同じ。つまり等身大の大本尊であることがわかる。
(原進写真集「正法の日々」に載っている「戒壇の大本尊」煤払いの儀の写真)
つまり大石寺の「戒壇の大本尊」は楠木の半丸太状の板本尊で、等身大の大本尊である。ということは、大木の中が空洞化してしまっている枯れた楠木、枯木や、か細い楠木、細木、又、根元に近い部分から幹が大枝に分かれている楠木からは「戒壇の大本尊」は造立できない。大野山本遠寺の楠木の大木はほとんど枯れていて、大木の中が空洞になっている。熱海・来宮神社の第二大楠も、ほとんど枯れていて大木の中が空洞になっている。埼玉県庁、池上本門寺、日比谷公園にも楠木があるが、これも枯れているか、大木にはほど遠いくらいのか細い木である。日蓮正宗の信者や「慧妙」がすぐに「楠木がある」と言って出してくる身延山久遠寺祖師堂前にある楠木も、大木というにはほど遠いくらいの細木で、こんなか細い楠木から等身大の半丸太状の板本尊を造立するのは不可能である。
それでは等身大の半丸太状の板本尊を造立することが可能な楠木の巨木は、一体どこにあるのか、ということになるが、そういう巨幹を持つ楠木の大木は、関西以西の西日本、四国、九州地方に行けば、いくらでもある。特に九州・四国地方には、東日本とは比べものにならないくらいの隆々とした楠木の大木が自生し生い茂っている。これらの楠木の巨幹に空洞はない。
「アンチ日蓮正宗」は十年以上前から実地調査を行ってきており、ここに写真を掲載する。よくよく御覧いただきたいものである。
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