東京・豊島区の創価学会個人会館で仕組まれた創価学会員の「だまし討ち折伏」事件

 

英昭彦は、豊島区引っ越しが、創価学会員・矢田敏夫(仮名)の謀略的カラクリだとは全く気づいていなかった。それからしばらくして、いよいよ矢田敏夫(仮名)が牙を剥き出しにしてきたのである。

ある日、矢田敏夫(仮名)が「池袋に遊びに行かないか」と誘ってきたが、英昭彦はてっきり、東京・池袋の繁華街に行くものだと思って、矢田敏夫(仮名)に誘われるまま一緒に同行。ところが、矢田敏夫(仮名)が連れて行ったところは、池袋の繁華街ではなく、豊島区池袋の創価学会の個人会館だった。もちろんその時、英昭彦が、そこが創価学会の個人会館だとは気づくはずもない。「池袋に遊びに行かないか」と言われたら、誰だって、東京・池袋の繁華街に遊びに行くと思うのではないだろうか。どこの誰が、創価学会の個人会館に遊びに行くと思うだろうか。

昭和50年代後半のころによくあった創価学会の個人会館とは、創価学会が管理・経営している会館ではなく、創価学会の信者個人が、自宅や会社の一角を「会館」風に建てた創価学会の会合用の会場のことで、「個人会館」という呼び名は、創価学会が経営する会館と区別するために、創価学会員がつけた名前である。こういった個人会館の仏壇には、創価学会の計らいで、日蓮正宗大石寺法主から、創価学会の個人会館用にしつらえた大きな本尊が祀られている.。本尊の左端には「授与之 願主 創価学会」「授与之○○」とか書かれている常住本尊だ。個人会館を提供している信者は、それこそ、古くからの古参信者か、創価学会の中でも、かなり上位の幹部である。

私がこの時、連れて行かれた個人会館に祀られていた本尊は、日蓮正宗大石寺66世細井日達法主が書写した本尊で、それは、矢田敏夫宅をはじめ、信者の仏壇に祀られている本尊よりも、ひとまわりもふたまわりも大きい本尊だった。あとで、創価学会幹部に取り囲まれて、さんざん折伏されたとき、幹部の一人が「ここの御本尊様は、一般会員宅にはない、特別な御本尊様だ」などと、自慢していた。創価学会の個人会館には「創価学会○○会館」という看板を出している所もあるが、そういった看板を何も出していない個人会館もけっこうあった。したがって、こういう所に連れ込まれると、最初は「ここはどこ?」という感じで、狐につままれたような気分?になってしまう。

矢田敏夫(仮名)は、創価学会の個人会館で開かれる創価学会の行事に誘い込んで、英昭彦を強引に創価学会に入信させようと、「池袋に遊びに行く」という約束を取り付けた後、またしても密かに創価学会組織に手を回し、創価学会の幹部に勧誘してもらおうと、創価学会幹部を呼んでいたのである。あとからわかったことだが、創価学会員は、一人、二人と入信させることによって、役職が平の会員から班長、地区幹部、支部幹部、本部幹部…というふうに上がっていくシステムになっている。創価学会学生部の場合も、一人入信させてグループ長、そこからさらに一人入信させて部長、という感じである。ということは、彼ら創価学会員は、「創価学会の中で出世したい」「役職が上位に上がりたい」という自分たちの名誉欲のために入信勧誘をやっているようなものだ。つまり創価学会内部の出世のために、矢田敏夫が目の色を変えて、執拗に勧誘してきたということである。つまり、創価学会員の名誉欲の体のいいダシかネタにされていたというわけである!

 

 

 

 

□「宗教で病気が治ったら医者は要らない」・創価学会の教義の矛盾に全く閉口した創価学会員

 

その創価学会・個人会館の中へ入ると、いきなり映写が始まった。それは創価学会の外郭企業・シナノ企画が製作・編集した、どこかで行われた創価学会の文化祭の実写・映写だった。ところが最初、英昭彦がこれを見たときは、これが創価学会の文化祭の映像だとは気づかなかった。英昭彦が大学1年のころは、創価学会が文化祭をやっていることすら知らなかったくらいで、英昭彦は、その映像が中国か北朝鮮の映像で、今から中国研究会か北朝鮮研究会のセミナーでもはじまるのかと思ったくらいだった。しかし、その個人会館で始まったのは、中国研究会でも北朝鮮研究会のセミナーでもなく、創価学会の折伏セミナー。そのときの折伏セミナーの話題は「不治の病が治った」という、とんでもない内容のもの。

映写が終わった後、一人の信者が前に出て、自らの体験を話し始めたのだが、何と末期ガンになって余命幾ばくもなかったのに、そのガンが完治したというのである。つまり創価学会が言う唱題、南無妙法蓮華経を反復して1時間、2時間、毎日唱え続け、折伏、大石寺参拝など、学会活動を続けていったら、ガンなどの不治の病が治ったという、どう考えても非科学的な内容であった。

今でこそ、医学的な治療で、ガンが完治するケースがあるということであるが、この当時、今から30年以上前のころは、ガンと言えば、典型的な不治の病。「ガンになったら人生お終い」と言われていた時代のことである。そういう時代、創価学会は、強引な折伏作戦を展開していく手段として、「ガンなどの不治の病が治った」というのを、アピールポイントにしていた。英昭彦は、こういう折伏セミナーや座談会の他、創価学会員が「唱題でガンを直した人たちの体験談集がある」と言って、何冊か、本を見せられたことがある。まさに、宗教によって非科学的なことが起こったことを最大限に強引な折伏に活用しているという感じである。創価学会員たちに言わせると、そういう非科学的な現象が起こることが、日蓮正宗の本尊の功徳だという。「そんなバカな」。と思っていたら、セミナー終了後、英昭彦はいきなり、矢田敏夫(仮名)ら十人以上の創価学会員たちに周囲を取り囲まれ、「入信決意書にサインしろ」と強要され、しつこく粘られたのである。話の内容も何もあったものではない。創価学会員たちは「入信決意書にサインしろ」の一点張り。こういう話が何時間も続き、精神的にもヘトヘトになってしまうくらいだった。個人会館では、いくつもの人の輪ができていて、それぞれの輪で、一人を創価学会員が十人くらいで取り囲んで、強引な折伏。ふと向こう側の話しの輪を見ると、あの稲本がいた。その日の稲本は、仏教教義ではなく、ガンが治ったという非科学的な話しで、勧誘していた。しかし、あくまで創価学会へ入信を拒否。すると、あきらめたのか、周囲の学会員はいなくなり、学会員同士で話をはじめた。 このとき、この個人会館で、私と同じように創価学会員たちに周囲を取り囲まれ入信を強要された、他の人と話す機会があった。その人曰く

「そんな宗教で病気が治ったら、医者は要らないですよね」

その通りである。創価学会の勧誘・折伏は、医学・医療の進歩と真っ向から矛盾している。

近年、ガンが治癒できるようになって来たのは、医学・医療の進歩・発展によるもので、日蓮正宗や創価学会のおかげではないのだ。この人の「宗教で病気が治ったら、医者は要らない」という言葉は、創価学会幹部にとって、かなり響いたようであった。こう言われて、創価学会幹部は「医者で治る病気だったら、医者に行った方がいい。でも医者で治らない病気だったら、信心で治すしかない」と軌道修正したようだったが、今度は「それじゃあ、医者で治らない病気を治るようにしようとする努力は必要なくなりますね」「医学も医療も進歩・発展させていく必要がないということじゃないか」と言われて、創価学会幹部も全く閉口して沈黙。そもそもこういうガン完治の体験そのものが、本人談のみによるもので、他の証拠があるわけでもなく、実に疑わしいものだと言わざるを得ない。このガン完治の体験なるものは、どう考えても科学・医療・医学を否定しているとしか思えないし、こんなもので人を納得させる説得力はないと言わざるを得ない。

 

ヤブアパート近辺4
 

 

(英昭彦がだまし討ち折伏被害に遭った東京・豊島区Kの和泉荘(仮名)付近)