大石寺9世日有が発明した「戒壇の大本尊を安置して祀る処(在所)が事の戒壇」という大石寺独自の教義は、「戒壇の大本尊」の他、二箇相承、日興跡条条事、百六箇抄、日蓮本仏義等が大石寺9世日有の偽作であることを解き明かす重大な証拠である。ではなぜそんな教義を、大石寺は自分で公開しているのか、という疑問が出るが、大石寺は往古の時代から近現代まで、「戒壇の大本尊の在所が事の戒壇」との教義を一般に公開していなかった。事の戒壇とは、三大秘法抄、一期弘法抄の広宣流布の時の事の戒壇だと言っていた。「戒壇の大本尊の在所が事の戒壇」との教義を僧侶・信徒・未入信の一般も含めて全てに公開した最初は、大石寺66世細井日達法主の197053日の第33回創価学会本部総会での説法「大御本尊は大聖人の一身の当体でありますから、本門戒壇の大御本尊安置の処はすなわち事の戒壇であります。…正本堂は事の戒壇であります」(日達全集2-5-p500501)が最初である。これ以降、公の場において、大石寺66世細井日達法主が「戒壇の大本尊の在所が事の戒壇」との教義を説法している。ではなぜ、わざわざ大石寺66世細井日達法主は、「戒壇の大本尊」が大石寺9世日有の偽作であることがバレてしまう「戒壇の大本尊の在所が事の戒壇」の教義を、自ら一般公開する説法をしたのか。それは196453日の創価学会・池田大作会長の正本堂建立発願以来、正本堂の意義付け問題があった。細井日達法主は「正本堂に戒壇の大本尊を安置する」説法をしただけなのに、この説法に尾ひれが付いて、「正本堂は実質的な本門戒壇」「正本堂は三大秘法抄、一期弘法抄の事の戒壇」と、どんどんエスカレート。そこへ「事の戒壇とは国立戒壇だ」とする妙信講が噛みついて、日蓮正宗、創価学会、妙信講の三つ巴の紛争になった。この紛争を終息させるために、大石寺66世細井日達法主が「戒壇の大本尊の在所が事の戒壇」の教義を、自ら一般公開して「正本堂は戒壇の大本尊を安置するから事の戒壇」として宗内の紛争をまとめて、納めようとしたのである。しかし皮肉なことに、この細井日達法主の説法で、逆に「戒壇の大本尊」が大石寺9世日有の偽作であることが明らかになってしまうのである。