創価班とは、創価学会男子部の人材グループで、創価班・牙城会に入っていないと地区幹部以上になれない。もともとは1952年結成の「輸送班」で、197611月に「創価班」と改名した。宗創和合時代の創価班は、1本山担当2輸送担当3会館担当があった。中でも、本山担当と輸送担当は、かなりハードで無理な活動をしていた。宗創決裂以降は1創価学会本部担当2地域の創価学会会館担当3日蓮正宗対策の表組織・教宣部。4顕正会、妙観講、反創価学会人物対策の裏組織・広宣部がある。広宣部の活動は、2009年刊行の矢野絢也氏「黒い手帳」p148-151に載っている。創価版の裏活動の問題点もさることながら、無理な創価班活動に駆り立てられる創価学会員によって、さまざまな社会的問題が起きている。土日祭日だけでなく、平日の昼間の活動など、無理な創価学会活動、創価班活動により有休だけでは足りなくなり、早退・欠勤、遅刻、ストレスによる健康被害・病気、公私混同の多発。偽装の慶弔休暇を取ろうとする詐欺疑惑。慶弔偽装により、両親兄弟が死んだことになってしまっている創価学会員が続出。さらにこれに輪を掛けるように、宗創和合時代には、大石寺で池田大作名誉会長のポケットマネーと称する「そば券」を全ての創価班員に配布。これにより創価学会員の仕事より創価学会活動熱中に拍車がかかった。