一部の僧侶や法華講員あたりが、「アンチ日蓮正宗の主宰者は創価学会員ではないか」

「いや、福島源次郎・石田次男・大橋敏雄派の創価学会員ではないか」

「顕正会の信者ではないか」「創価学会、顕正会、正信会のいずれかの信者ではないか」

「日蓮正宗を除名か、退転したかの元信者か、正信会の信者ではないか」

など、いろいろと得意の妄想をたくましくして、自慰的予想をしているようであるが、残念ながら、全て間違いである。中には悪意の決めつけもありますが、全てハズレ。

 

私こと「アンチ日蓮正宗」の主宰者・管理人は、無宗教である。

これは、私が最初に2005年にmixi「アンチ日蓮正宗」コミュニティを創設したときから公言していることである。

日蓮2

 

「無宗教」というのは、日本国語大辞典によれば

「信ずる宗教を持たないこと。また、どの宗教にも属さないこと。」

と載っている。

又、フリー百科事典・Wikipediaは、「無宗教」について

「無宗教(むしゅうきょう)とは、概して特定の宗教を信仰しない、または信仰そのものを持たないという思想・立場を指す。 無宗教はしばしば無神論と混同されるが、異なる。」

と定義している。

「無宗教」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E5%AE%97%E6%95%99

 

私は、一定の信仰を持ってはいないし、信仰する宗教をもっていない。どの宗教も信仰していないし、どの宗教団体にも所属していない。何らかの宗旨宗派もしくは教派教団の教義やイデオロギーを支持する立場にもないし、どこの宗教・宗派・宗教団体も擁護したり応援したりはしていないわけだから、「無宗教」という言い方は、当然ではないか。

 

こう言うと「江戸時代から、どこかの宗派の檀家だったはずだ」と、こう来るが、私の実家の江戸時代からの菩提寺の宗派は浄土真宗大谷派である。これは京都の東本願寺(真宗本廟)を本山とする宗派で、私の実家のある地域では、99%以上の家庭が浄土真宗大谷派の檀家になっている。

しかし、私の祖父母の代、父母の代に、菩提寺住職と悶着が何度もあり、菩提寺だった寺院からは、離檀しているのである。

 

しかし離檀した後も、実家の浄土真宗の仏壇やその他一式等はそのまま。

毎月の月参りには、別の浄土真宗大谷派寺院の住職が来ている。葬式や法事には、元菩提寺の住職が来たり、別寺院の住職が来たり。

この宗派は、葬儀や法事、月参り等に住職が来るというのは、檀家かどうかは、関係ないようなのである。こういう宗派というのは、けっこうあるんじゃないですかね。

私も、元菩提寺の住職が来ようが、別寺院の住職が来ようが、どっちでもいいと思っているので、そんなことを咎めたりは、一切していない。

だから私も父も、浄土真宗の檀家でもなければ、信者でもない。私自身も、何も浄土真宗に帰依して、信仰しているわけではない。だから無宗教だと言っているのである。

 

こうして「『アンチ日蓮正宗』の主宰者・管理人は、無宗教である」と言っていたら、数年前のことだったが「アンチ日蓮正宗は無宗教思想を広めようとしている」だの「アンチ日蓮正宗は宗教を否定するのか」などと、大まぬけな誤解をした者がいた。

「無宗教思想」とは、全く笑止千万な法華講員のこじつけなのだが、アンチ日蓮正宗は「無宗教になれ」と言っているわけでもないし、宗教そのものを否定しているわけでもない。

日蓮正宗、創価学会、顕正会、正信会等の日蓮正宗系カルト教団に反対し、批判しているのである。