■検証218・大石寺の「戒壇大本尊」が大石寺9世日有の偽作である16の証拠73

 

大石寺9世日有が歴史上はじめて大石寺門流で「唯授一人の血脈相承」を偽作したこと

 

大石寺9世日有が「戒壇の大本尊」なる板本尊を偽作したとする証拠として第14に挙げなくてはならないのは、大石寺9世日有による「法主の血脈」「唯授一人血脈相承」の偽作である。大石寺9世日有は、自らが偽作した「戒壇の大本尊」なる板本尊を以て、日蓮正宗総本山大石寺を粉飾・荘厳するため、日蓮、日興から大石寺の歴代法主に相承されてきたとする「法主の血脈」「唯授一人の血脈相承」なるものを唱えだした。なぜ大石寺9世日有が、こんなものを唱えだしたのか?なぜこんな教義をわざわざ偽作・発明する必要性があったのか?

大石寺9世日有は、「戒壇の大本尊」なる板本尊を室町時代中期に偽作したことによって、日蓮の時代から大石寺9世日有在世の時代まで、歴史上、全く存在しなかった「戒壇の大本尊」の時間的空白を埋める必要があった。いくらなんでも、今まで全く「未聞未見」の「戒壇の大本尊」なる板本尊を見せられ、前代未聞の「日蓮が本仏だ」という教義を突然、時の法主から聞かされても、大石寺門流の僧侶や信者たちが「ハイ、そうですか」というわけにはいかない。

宗祖・日蓮が造立した板本尊や、釈迦牟尼ではなく日蓮を本仏とする教義など、彼らにとっても、まさに前代未聞のもの。いくら法主といえども、日蓮の教義改変は許されない。

「そんな板本尊も教義も今までになかったものだ」ということになり、下手をすれば、身延離山、日仙・日代問答に匹敵するような内紛が起こり、大石寺門流そのものが分裂しかねない危機に陥ってしまう。そこで日蓮正宗大石寺九世法主・日有が、大石寺門流で、歴史上はじめて大石寺法主の血脈なるもの「唯授一人の血脈相承」を唱えたのである。つまりこういうことだ。

「戒壇の大本尊」なる板本尊も「日蓮本仏義」なる教義も、日有より以前の時代において、大石寺門流には存在しておらず、影も形もないものであり、誰もその存在を知らなかったもの。

しかし誰も知らなかったが

「日蓮大聖人・日興上人から相承を受けていた法主だけが知っていた」

「『本門戒壇の大御本尊』は唯授一人の血脈を相承してきた大石寺の御法主上人だけが、内密に相伝してきた御本尊です」

「広宣流布の暁までは、蔵の中におしまいして、決して公開されぬ御本尊なのです」

「その法主の言っていることを信じろ」

などという、人々を欺瞞する、とんでもない詐欺的な教義を発明して唱えだしたということである。

そうしないと「戒壇の大本尊」なる板本尊を偽作した大石寺9世日有は、大石寺の僧侶・信者・大衆の前で、この豪華絢爛な板本尊の説明を付けることができなかった。これが「唯授一人の血脈相承」偽作の源である。

 

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