アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ

正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」。創価学会や顕正会は勿論の事、その本家本元の日蓮正宗自体も「目くそ鼻くそを笑う」的なものだ。創価学会、SGIや冨士大石寺顕正会、正信会、その他の分派団体……これらの親元・生みの親・育ての親・本家本元は、日蓮正宗です。 伝統仏教の仮面をかぶり、憲法違反、国際人権規約(条約)違反の人権侵害を行い、信教の自由から逸脱した専横活動を行い、一般国民の信教の自由を踏みにじる弾圧を行うカルト宗教を規制する新立法・新条約制定を目指します。日蓮正宗、創価学会、顕正会をカルト宗教に指定して司法監視せよ。反日蓮正宗系(日蓮正宗・創価学会・顕正会・正信会)活動はカルト宗教の専横・独裁・専政・弾圧に抵抗する現代の自由民権運動である。 (「日蓮七百遠忌大法会」終了後、記念撮影する大石寺67世阿部日顕ら日蓮正宗首脳僧侶と池田大作ら創価学会首脳・昭和56(1981)年10月17日付け聖教新聞)

鎌倉時代の東アジア・日本・身延山は小氷期だった

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戒壇大本尊は後世の偽作だ(265)~物理学の世界的な権威のある学者の「鎌倉期小氷期説」を日蓮遺文が裏付けている

■検証265・鎌倉時代・小氷期の極寒地獄の身延山に自生の楠木はなかった15

 

物理学の世界的な権威のある学者の「鎌倉期小氷期説」を日蓮遺文が裏付けている

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(「アンチ日蓮正宗」に降伏宣言した龍神ひろしの妄言)

鎌倉時代は、小氷河期だから身延には、楠木は絶対存在しないと豪語してるのがいる。

gooの質問で同じようなものがありました!下のURLは気候についてくわしくあります。

鎌倉時代(1192-)は、古気候学の分野では中世温暖期というやや暖かい時代に属します。江戸時代は小氷期。世界的に見て、中世温暖期の最盛期は810世紀ぐらい。小氷期が15世紀ころからとされています。アジア地域では、これらが、いつごろから始まったか、今と比べてどの程度暖かかったか、あるいは寒かったかということについては、細かいことはわかっていません。特に中世温暖期は、世界的に十分わかったとはいえません。ですから、ご質問に即して、例えば米の作柄指数が鎌倉時代や江戸時代がいくつぐらいだったかを推定することは現在のところ無理です。

ただし、歴史的な事実や科学的な分析から知られている過去の気候変動に関することがらはいくつもあります。わかりやすいところでは、ヨーロッパではブドウの収穫日、日本では観桜記録や諏訪湖の結氷記録でしょうかね。気候変動の原因についてはよくわかっていませんが、小氷期は、マウンダー極小期と呼ばれる、太陽の活動レベルが低い時期にあたっています。こうした地球外の要因とあわせて、海洋や大気、氷河、植生など地球自体にも気候を変動させる要因は沢山あります。なにか原因を決め付けてあるような記述があればそれは、眉唾ですよ。

歴史と気候のはなしには興味深いエピソードがたくさんあります。参考文献のご一読をお勧めします。安田喜憲、吉野正敏()、講座「文明と環境」第6巻、歴史と気候、朝倉書店(ISBN 4-254-10556-8)エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ、気候の歴史、藤原書店(ISBN 4-89434-181-6) <<高いブライアン フェイガン、歴史を変えた気候大変動、河出書房新社(ISBN: 4309251544)などなど。参考URLhttp://home.hiroshima-u.ac.jp/er/ES_KH.html

投稿日時 - 2004-11-21 14:31:06

ネット検索したら、こういう質問があった。つまり、鎌倉時代は、小氷河期でなかったのである。

現代のように観測データが存在していないので、難しい話しになる。だが、江戸時代の記録には、夏に江戸に雪が降った記録があるようだ。江戸時代は、今よりも寒かったようだ。今、身延にある天然記念物の楠木は、hide曰く、江戸時代である。小氷河期真っ只中に植えられた楠木が植えられたのであるから、鎌倉時代に無いと言えないのである。まあ、徳川家光公が日光東照宮に祀られているという間違った認識の人物が、言うインチキのデタラメな内容であると言える。こういう人を信用出来ないものである。 (20130219日の龍神ひろし・楽天『自慰』ブログの日記)

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戒壇大本尊は後世の偽作だ(264)~身延山久遠寺・大野山本遠寺の大楠木は日蓮在世の時代から自生している証明ではない2

■検証264・鎌倉時代・小氷期の極寒地獄の身延山に自生の楠木はなかった14

 

身延町文化財指定の本遠寺大楠木は日蓮在世の時代から自生している証明ではない

 

山梨県身延町の日蓮宗寺院・大野山本遠寺の楠木に関しては、大野山本遠寺そのものが、徳川家康の側室だったお万の方の菩提のために創建された寺院であり、そこに人工植樹された楠木の大木が一本あるだけである。 これ以外にここに楠木はない。「アンチ日蓮正宗」の調査で、判明したことである。当の大野山本遠寺の住職も、そのように証言している。この大野山本遠寺の楠木が植樹されたのは徳川家康の時代。今から約四百年前のことで、日蓮在世の七百年前などではない。四百年前に創建された寺に千二、三百年前からの古い楠木が沢山あるわけがない。

それから、大野山本遠寺の大楠木が身延町の文化財(天然記念物)に指定されていることを以て、日蓮正宗は、あたかも日蓮在世の時代から自生の楠木が繁茂していた証拠であるかのように言っているが、これは自生の楠木であるという証明なのではない。

天然記念物(てんねんきねんぶつ)とは、動物、植物、地質・鉱物、天然保護区域などで、学術上価値の高いものとして国または地方自治体が指定したもので、動物の場合は生息地、繁殖地、渡来地を、植物の場合は自生地を、鉱物の場合は特異な自然現象を生じている土地を含めて指定される。ただし、これらの中には、長い歴史を通じて人工植林・植樹・造園などの文化的な活動により作り出された二次的な自然も含まれる。つまり寺院の創建にあたって植樹した木であっても、数百年の間、生い茂っていれば、それは「二次的な自然」ということで、天然記念物に指定されることもあるということである。

それから大野山本遠寺の大楠木が身延町の文化財(天然記念物)に指定されている件に関して、身延町教育委員会の担当者に直接取材したところ、身延町の樹木の文化財(天然記念物)指定にあたっては、年輪やいつから繁茂しているかといったことは勘案されていないのだという。 樹木の年輪を測定してから…というのでは、現実問題として無理であり、樹木の文化財(天然記念物)指定は、年輪や歴史よりも、その樹木そのものの地域の中での存在感とか、地域の人々に与える影響力とか、地域の人々との繋がりなどといった点が考慮されてのことだというのである。

したがって、大野山本遠寺の大楠木が身延町の文化財(天然記念物)に指定されているからといって、そのこと自体が、日蓮が生きていた時代から生い茂っていたという証明でもなければ、日蓮が生きていた時代から自生していたという証明でもない。

したがって、大野山本遠寺が江戸時代初期に創建されたことを考え合わせれば、ここの大楠木は鎌倉時代から自生していたものではなく、室町時代以降において、植樹されたものであることが明らかなのである。つまり大野山本遠寺の大楠木は、日蓮が生きていた時代から存在していたものではなく、もちろん日蓮とは何の関係もない巨木なのである。

 

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戒壇大本尊は後世の偽作だ(263)~身延山久遠寺・大野山本遠寺の大楠木は日蓮在世の時代から自生している証明ではない

■検証263・鎌倉時代・小氷期の極寒地獄の身延山に自生の楠木はなかった13

 

今の身延山にある楠木が七百年前の身延山の楠木自生の証明だと強弁する「慧妙」

 

身延山周辺には身延周辺だけではなく、富士地方も含めて、自生の楠木は昔も今も存在していないということは、かなり前から様々な人が指摘していた。しかしこれでは日蓮正宗にとっては、はなはだ都合が悪い。鎌倉時代の身延山に楠木がなかったとなれば、大石寺の「戒壇の大本尊」は後世の室町以降の偽作ということの証拠のひとつに数えられる。これは日蓮正宗としては認めるわけにはいかない、ということだろう。「鎌倉時代の身延山には楠木がなかった」、という指摘に対して、日蓮正宗謀略機関紙『慧妙』は、性懲りもなく、すでに「アンチ日蓮正宗」によって完全論破されて廃棄説と化してしまっている「今の身延山にある楠木が七百年前の身延山の楠木自生の証明だ」を持ち出して来て、こんな妄説を書いている。

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(日蓮正宗謀略機関紙『慧妙』の妄説)

あるインターネットのホームページ(※アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログのこと)に、弘安二年の大御本尊を誹謗する内容の記事が掲載されていた。その中で目に付いたのが『鎌倉時代の身延には楠木は存在しなかった』として、素材が楠木で造立されている大御本尊を後世の偽作であるとする疑難であった。…だが、実際には、身延山久遠寺の境内には、楠木の大木が何本もあり、また、身延山の入り口に位置する大野山本遠寺には、町の天然記念物に指定された古木まで存在する。こうした事実から、少なくとも、“身延は寒冷の地であり、楠木は育たない”といった単純な疑難は、簡単に払拭されよう。

 (平成25(2013)316日付け『慧妙』/「第15回ネットに蔓延る邪義を破す」)

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□専門家は自生の楠木は身延山にはないと証言

 

「アンチ日蓮正宗」では、すでに身延山久遠寺や大野山本遠寺の楠木、関東甲信越地方、伊豆地方にある楠木、関西以西の西日本、四国、九州地方に繁茂・自生している楠木について、実際に現地に行って調査を重ねている。

まず身延山久遠寺周辺の楠木についてだが、身延山周辺には、自生の楠木は存在していない。地元の身延町森林組合の職員は身延山の楠木について、次のように証言している。

「身延山、富士地方に楠木というのは、聞いたことがありません。身延山には自生の楠木はないとみてよいでしょう」「現在、身延山にある楠木は、戦後、人工的に植えたものです」

つまり身延山に楠木はあることはあるが、それは七百年前からあるものではなく、第二次世界大戦後に、人工的に植樹したものだという。こんなものは当然のことながら大石寺の「戒壇の大本尊」が七百年前の日蓮の時代に造立された証拠になるわけがない。

 

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戒壇大本尊は後世の偽作だ(262)~鎌倉時代の身延山が「小氷期」だったことを裏付ける日蓮遺文について反論不能の「慧妙」2

■検証262・鎌倉時代・小氷期の極寒地獄の身延山に自生の楠木はなかった12

 

日蓮遺文「五尺の雪」「紅蓮・大紅蓮のごとし」酒は凍りて石のごとし」は小氷期だった証拠だ

 

1970(昭和45)年に発刊された身延町の正式文献「身延町誌」の中に、明治34~昭和25年にかけての身延町をはじめ、山梨県各地の平均気温と降水量が載っている。

http://www.town.minobu.lg.jp/chosei/choushi/minobu/T02_C02_S01_1.htm

それによると、次のようになっている。

月      1   2   3   4   5    6   7    8    9   10   11  12  全年

身 延 ℃ 3.5  3.4  7.9  13.0  17.4  21.8  25.9  26.6  23.1  16.7  11.3  5.7  14.7 

㎜  58  63  106  158  124  275  170   244   236  307  138  65  1,944

 

そして、この平均気温について、次のようなコメントをつけている。

「年平均気温についてみると、山中より5.8度高く、小淵沢よりも4.0度高いが、甲府と比較してみると意外にも0.5度高いだけである。これは大陸性気候のため夏期に盆地の気温が急上昇し、峡南地区よりもかえって高温となるためであり、身延町の年平均14.7度という数字は、主として冬期の温暖によるところが大きい。」(身延町誌)

又、「国土交通省「UJIターン支援サイト」ふるさとサーチ」の「山梨県身延町・自然・気象」によれば

http://www.mlit.go.jp/crd/chisei/ujisearch/spec/19/19365_02.html

気候の特徴 山梨県でも比較的温暖で温暖多雨地帯である。  

   年平均気温  14.4   最高月平均気温  26.8

  最低月平均気温  1.9   降水日数  125

  年間降水量  2737mm   最大積雪深  10cm

  積雪日数  3     

 

となっている。これらの公式データと比較しても、日蓮の遺文(御書)の文

「雪かたくなる事金剛のごとし。今に消ゆる事なし。昼も夜も寒く冷たく候事、法にすぎて候。酒は凍りて石のごとし。」・・・・(御書全集p1294)

「其の身の色、紅蓮・大紅蓮のごとし。声は波々大波々地獄にことならず。手足寒じて切れさけ人死ぬことかぎりなし」 (御書全集p1295)

「・・・五尺の雪ふりて本よりも通わぬ山道ふさがり、訪いくる人もなし。・・・」(御書全集p1437)

これらは、日蓮在世の時代の身延山の冬は、現代よりも、はるかに気温が低かったことを物語っている。

 

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戒壇大本尊は後世の偽作だ(261)~鎌倉時代の身延山が「小氷期」だったことを裏付ける日蓮遺文について反論不能の「慧妙」

■検証261・鎌倉時代・小氷期の極寒地獄の身延山に自生の楠木はなかった11

 

物理学の世界的な権威のある学者の「鎌倉期小氷期説」を「素人の疑難」と誹謗する「慧妙」

 

日蓮正宗謀略機関紙『慧妙』は、鎌倉時代の日本が「小氷期」であることを、躍起になって否定しようとしている。鎌倉時代の日本が「小氷期」であることを認めてしまうと、鎌倉時代の身延山には、枯木の楠木しかなかったことがあきらかになり、そうなると日蓮は楠木を素材にした「戒壇の大本尊」なる板本尊は造立できなかったことが明白になる。

だから「慧妙」は「(小氷期説は)所詮は素人の“ためにする”疑難にすぎず」などと見出しを付けて、「鎌倉時代小氷期説」を否定しようとする。しかし鎌倉時代の日本が小氷期であると最初に言ったのは、日本の宇宙物理学者。太陽物理学、高エネルギー宇宙物理学の世界的な権威で、早稲田大学理工学部総合研究センター客員顧問研究員。神奈川大学名誉教授。ユトレヒト大学、インド・ターター基礎科学研究所、中国科学院の客員教授、理学博士の桜井邦朋氏。「桜井邦朋」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%9C%E4%BA%95%E9%82%A6%E6%9C%8B

桜井邦朋氏が鎌倉時代の日本が小氷期であったとする説を唱えた「太陽黒点が語る文明史 「小氷河期」と近代の成立」という本は、桜井邦朋氏が19877月に書き上げた著書である。

そういう世界的な宇宙物理学、太陽物理学、高エネルギー宇宙物理学の世界的な権威のある学者である桜井邦朋氏の「鎌倉期・小氷期説」を、日蓮正宗謀略機関紙『慧妙』は「所詮は素人の“ためにする”疑難にすぎず」などと誹謗中傷するのだから、こちらが驚いてしまう。「慧妙」はどういう資格があって、世界的な宇宙物理学、太陽物理学、高エネルギー宇宙物理学の世界的な権威のある学者である桜井邦朋氏の「鎌倉期・小氷期説」を、「素人の疑難」と誹謗中傷できるのか。世界的な宇宙物理学、太陽物理学、高エネルギー宇宙物理学の世界的な権威のある学者が「素人」であるはずが絶対にない。永年にわたって物理学者としての業績を積み重ねてこられた方であるからこそ、宇宙物理学、太陽物理学、高エネルギー宇宙物理学の世界的な権威と称されるわけである。では「慧妙」は、桜井邦朋氏の「鎌倉期・小氷期説」を、「素人の疑難」と誹謗中傷できるほどの物理学の業績をどれだけ積んできているというのか。日蓮正宗謀略機関紙『慧妙』は、後世の偽作本尊である「戒壇の大本尊」や偽書「二箇相承」を日蓮真造などとデタラメを言って、日蓮正宗の信者を騙す業績は山のように積み重ねてきているが、真面目な物理学の業績など、皆無ではないか。「慧妙よ、うぬぼれるのもいい加減にしろ」と厳しく断罪されてしかるべき話しであろう。桜井邦朋氏の「鎌倉期・小氷期説」を、「素人の疑難」と誹謗中傷する日蓮正宗謀略機関紙『慧妙』は、桜井邦朋氏に頭を下げて謝罪すべきであろう。

 

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