アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ

正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」。創価学会や顕正会は勿論の事、その本家本元の日蓮正宗自体も「目くそ鼻くそを笑う」的なものだ。創価学会、SGIや冨士大石寺顕正会、正信会、その他の分派団体……これらの親元・生みの親・育ての親・本家本元は、日蓮正宗です。 伝統仏教の仮面をかぶり、憲法違反、国際人権規約(条約)違反の人権侵害を行い、信教の自由から逸脱した専横活動を行い、一般国民の信教の自由を踏みにじる弾圧を行うカルト宗教を規制する新立法・新条約制定を目指します。日蓮正宗、創価学会、顕正会をカルト宗教に指定して司法監視せよ。反日蓮正宗系(日蓮正宗・創価学会・顕正会・正信会)活動はカルト宗教の専横・独裁・専政・弾圧に抵抗する現代の自由民権運動である。 (「日蓮七百遠忌大法会」終了後、記念撮影する大石寺67世阿部日顕ら日蓮正宗首脳僧侶と池田大作ら創価学会首脳・昭和56(1981)年10月17日付け聖教新聞)

カテゴリ:大石寺史・日蓮正宗史・創価学会史・顕正会史の真実 > 大石寺史28・大石寺67世日顕・池田大作蜜月と宗創vs正信会戦争

□北条浩・四代会長に「宣正院浩徳日基大居士」の戒名を下賜した大石寺67世阿部日顕法主   1981(昭和56)年7月23日、創価学会本部が主宰する創価学会四代会長・北条浩の通夜の儀が、東京・巣鴨の東京戸田記念講堂で営まれているが、この北条浩・通夜の儀の大導師を勤めた ...

□藤本日潤総監・宗門首脳のみならず日顕法主夫人・藤本日潤夫人も列席した北条浩告別式   1981(昭和56)年7月18日、創価学会四代会長・北条浩が死去。18日夜に北条浩自宅にて通夜、翌19日に同じく北条浩自宅にて告別式が行われた。この通夜も告別式も、喪主は北条浩夫人 ...

□この日顕賞与本尊は池田大作総講頭罷免以来の「宗創戦争」でどうなったのだろうか(?)(笑)   1982(昭和57)年10月12日、大石寺での「正本堂建立十周年総登山会」で、大石寺67世阿部日顕から「賞大法護持広布並世界平和貢献之功」との脇書が入った賞与本尊を授与された池 ...

□なぜ日顕は池田大作に「大法護持広布並世界平和貢献之功」賞賛の賞与本尊を授与したのか   日蓮正宗内部の反創価学会運動である正信覚醒運動が「正信会」と衣替えし、正信会が大石寺66世細井日達から大石寺67世阿部日顕への血脈相承を否定。正信会僧侶のほとんどが擯 ...

□総講頭辞任の5年後に大石寺66世細井日達法主から再び総講頭に任命された池田大作   大石寺法主が日蓮正宗全信徒のトップの職である日蓮正宗法華講総講頭に池田大作を任命した、二度目とは、1984(昭和59)年1月2日、池田大作ら創価学会首脳が大石寺大坊対面所で大石寺67 ...

□大石寺書院の大酒宴で創価学会首脳と仲良く酒盛りを楽しんでいた法華講連合会委員長   下記の写真は、昭和57(1982)年12月15日を中心に約3日間にわたって大石寺で行われた、「日目六百五十遠忌慶讃大法要」のもようを報道する昭和57(1982)年12月18日付け聖教新聞である ...

□大法会終了後、大石寺書院で大宴会・大酒宴を開いていた日蓮正宗・創価学会首脳たち   日蓮正宗と創価学会が和合路線を歩んでいた「宗創和合時代」の昭和57年(1982)3月に大石寺で行われた「日興六百五十遠忌慶讃大法要」で、日興の墓参が行われたことを報道する昭和57 ...

□記念撮影後、全員で大石寺書院で大宴会・大酒宴を開いていた日蓮正宗・創価学会首脳たち   下記の写真は、昭和56(1981)年10月13日を中心に約一週間にわたって大石寺で行われた、「日蓮七百遠忌大法会」終了後、記念撮影する大石寺67世阿部日顕法主ら日蓮正宗首脳僧侶 ...

□現在は日蓮正宗系・正信会を退会して無宗教で創価学会批判をしている乙骨正生氏   私は、㈲フォーラムが発行する、創価学会批判・池田大作批判の隔週刊誌「FORUM21」を定期購読していて、毎月、自宅のポストに宅配されてくる。届けられれば、だいたい、ひととおりは目 ...

□「人間として恥ずべく呆れ果てた人権無視の背徳行為」を行っているのは大石寺67世日顕だ   1990年(平成2年)12月の池田大作・総講頭罷免以降の「宗創戦争」以降、池田大作や創価学会をボロクソに批判している大石寺67世阿部日顕だが、しかし1980年代前半、世間・マスコ ...

□大石寺の「観桜会」とは花見のことで、当然のことながら大規模な酒宴のことである   下記の写真は、大石寺「池田山」で大石寺67世阿部日顕をはじめとする日蓮正宗首脳と池田大作をはじめとする創価学会首脳が仲良く「観桜会」を行っていたことを報じる1982(昭和57)年4 ...

□池田大作に賞与本尊を授与し居士衣を授与し法華講総講頭に任命した大石寺67世阿部日顕   下記の写真は1980(昭和55)年4月6日、例年、大石寺で行われる霊宝虫払い大法会と並行して行われた大石寺67世阿部日顕法主代替奉告法要を報道する1980(昭和55)年4月7日付け聖教新 ...

□1990年当時、法華講総講頭だった池田大作、大講頭だった秋谷栄之助ら創価学会幹部   下記の写真は、1990(平成2)年4月1日、大石寺で行われた大石寺開創七百年記念・大石寺整備事業完成奉告法要・総二坊落成法要の後、大石寺多宝蔵前の日本庭園で仲良く談笑する大石寺67 ...

□五重塔脇の戸田城聖墓所で仲良く墓参をしていた大石寺67世阿部日顕と創価学会幹部   下記の写真は、1990(平成2)年4月2日、大石寺で行われた戸田城聖第三十三回忌法要の折、大客殿での法要の後、大石寺五重塔脇にある戸田城聖墓所での墓参を行う大石寺67世阿部日顕と創 ...

□大石寺開創七百年記念事業として創価学会の寄進により大石寺境内に建立された総一坊   下記の写真は、1988(昭和63)年10月7日、大石寺で行われた六壺、総一坊落慶法要の模様を報道する1988(昭和63)年10月8日付け聖教新聞である。上の写真は、総一坊落慶法要で創価学会 ...

□池田大作と並んで創価学会文化祭に拍手喝采する大石寺67世阿部日顕と藤本日潤総監   下記の写真は1990(平成2)年9月2日に大石寺大客殿前広場で行われた「大石寺開創七百年慶祝文化祭」を仲良く鑑賞する大石寺67世阿部日顕と池田大作。阿部日顕は法主登座以降、創価学会 ...

□酒盛り好き、宴会好きという点でも「目くそ鼻くそ」「同じ穴の狢」だった阿部日顕と池田大作   下記の写真は1990(平成2)年10月に大石寺で行われた「大石寺開創七百年慶讃大法要」の終了後、大書院で行われた「祝賀会」と称する饗応(きょうおう)で、同じテーブル席に座 ...

□大石寺開創七百年を記念して特別仕立ての居士衣を池田大作に授与した阿部日顕   下記の写真は1990(平成2)年10月に大石寺で行われた「大石寺開創七百年慶讃大法要」の時のものである。池田大作は「法華講総講頭」として、「大石寺開創七百年慶讃委員長」として、日蓮正 ...

□池田大作・創価学会批判の嵐の中、池田大作を「偉大なる指導者」と絶賛していた阿部日顕   1985(昭和60)年2月に、東京・八王子の創価大学構内・東京会館で開催された「創価学会特別記念展」に出展された1979(昭和54)年8月、大石寺67世阿部日顕が池田大作に贈った和歌 ...

□創価学会寄進建立により「願主 法華講総講頭 池田大作」の板本尊が祀られていた大円寺   大円寺(たいえんじ)とは、神奈川県大和市にある日蓮正宗の寺院で、正式な名前は福修山(ふくしゅうさん)大円寺という。小田急江ノ島線桜ヶ丘駅から徒歩15分くらいのところにあ ...

□創価学会批判を厳禁していた時代の宗門寺院で「社長会記録」が販売されていた摩訶不思議   正継寺とは、神奈川県相模原市橋本ある日蓮正宗の寺院で、正式な名前は、妙縁山正継寺。 この寺院は、1953年(昭和28年)5月31日に建立された寺院であるが、これは創価学会に ...

□「正信覚醒運動」を主導・リードした「正信会五老僧」と言われるリーダー格だった山口法興氏   東京都目黒区自由が丘に日蓮正宗の寺院で妙真寺(みょうしんじ)という名前の寺院がある。 正式な名前は本地山(ほんちざん)妙真寺。ここは、昭和  50年代のいわゆる創 ...

■検証222・大石寺「戒壇の大本尊」御開扉とはどういう儀式なのか2   □年間250万人が大石寺に登山していた宗創和合時代の創価学会主宰の登山会   第二次世界大戦後、戸田城聖が創価学会を再建してから、1991年、日蓮正宗と創価学会の宗創戦争までの、いわゆる宗創和 ...

□かなりの巨漢の大男住職・数井慈鑑氏が御講で説いていた住職の権威説法   今から約25年くらい前のことですが、私が町田市と横浜市の境界線付近に住んでいたことがあり、町田市の南端・成瀬に日蓮正宗寺院・妙声寺(みょうしょうじ)があった。正式な名前は、山号は天鼓 ...

□ずいぶん前から日蓮正宗未入信の謗法の供養を受け取ってきた?讃岐本門寺   讃岐本門寺という寺院は、日蓮正宗の本山という寺格を持っている寺院だけあって、境内もなかなか広く、本堂、庫裏、客殿、塔中坊といった堂宇・伽藍も、なかなかの威容を整えていた。 御影堂 ...

大石寺の周辺には、売店街が二カ所ある。ひとつは、大石寺裏門から三門付近まで、たくさんの売店が軒を連ねている売店街。もうひとつは、総二坊のすぐ近くにある売店街である。 創価学会の団体登山会が行われていた宗創和合時代には、大石寺売店街は、連日、創価学会の団 ...

本行寺に所属する法華講中である「法華講本行寺支部」は、1990年までの宗創和合時代においては、日蓮正宗において、法華講法道院支部に次いで、最大級の信者数をかかえる法華講であった。今でも妙観講を別にすれば、最大級の法華講であり、法華講連合会の柳沢喜惣次・4代委 ...

今年4月27日、日蓮正宗の信者のトップが座る職である日蓮正宗法華講総講頭で、日蓮正宗法華講連合会4代委員長であった柳沢喜惣次氏が死去。 これを早速、「アンチ日蓮正宗」オフィシャルブログでも報じ、この中で、柳沢喜惣次氏の経歴の中で、かつて法華講連合会幹部と衝 ...

すでにここで書いていることだが、日蓮正宗と創価学会の宗創戦争がはじまったころの1990(平成2)~1993(平成5)年ころ、寺跡調査のために、ちょくちょく東京・蒲田の日蓮正宗の寺院・宝浄寺に行ったことがある。当時の宝浄寺住職は、日蓮正宗宗務院教学部長の大村寿顕氏。 ...

最近は大石寺周辺も静寂になっているようだが、1980~90年代の大石寺周辺は、顕正会、正信会、右翼団体等の街宣車が押しかけてきて、実に喧噪とした雰囲気だったのである。 大石寺周辺に来た街宣車というと、1991(平成3)年11月~1992(平成4)年4月ごろにかけて、大石寺に押 ...

私が常泉寺に行って寺跡調査をしたのは、1991年に宗創戦争が勃発する前、日蓮正宗と創価学会が和合路線を歩んでいた「宗創和合時代」のことで、常泉寺住職・藤本日潤氏は、日蓮正宗総監を務めていた。 今でこそ、日蓮正宗寺院に部外者が出入りするのは、非常にチェックが ...

年の初めの元日になると、大石寺をはじめ日蓮正宗末寺寺院でも元朝勤行を行う所が多い。元朝勤行とは、1月1日の午前0時、ないしは6時半とか7時から行う勤行のことである。この勤行には、近隣の日蓮正宗の信者が多数詰めかけている。特に1991年の宗創戦争勃発以前の宗創和合 ...

私がまだ池袋近郊に住んでいた学生のころ、池袋駅へ行くついでや、バイト先との往復のついでに常在寺住職・早瀬義孔氏とはどんな人物か見ようと、常在寺本堂を覗いてみたのだが、勤行の時に早瀬義孔氏を見かけたのはたったの一度だけ。しかも早瀬義孔氏は、その時はかなり ...

私がまだ池袋近郊に住んでいた学生のころ、池袋駅へ行くついでや、バイト先との往復のついでに常在寺住職・早瀬義孔氏とはどんな人物か見ようと、常在寺本堂を覗いてみたのだが、勤行の時に早瀬義孔氏を見かけたのはたったの一度だけ。しかも早瀬義孔氏は、その時はかなり ...

前回、宣徳寺のことを書いたので、つづきを書いておかなくてはなりません。 そもそも私が宣徳寺の朝の勤行会に寺跡調査に行った理由は、日蓮正宗宗務院渉外部長を勤める宣徳寺住職・秋元広学氏を実見したかったからなのだが、この人、渉外部長の職のために大石寺に行って ...

日蓮正宗の金集めに関連することで、ずいぶん前に、東京・駒沢の日蓮正宗寺院・宣徳寺で見たことを記しておかねばなりません。 宣徳寺(せんとくじ)は、東京都世田谷区駒沢にある日蓮正宗の寺院で、正式な名前は、真法山(しんぽうさん)宣徳寺という。ここは1982年(昭 ...

宝浄寺(ほうじょうじ)とは、東京都大田区新蒲田にある日蓮正宗の寺院で、蒲田駅西口から徒歩12分くらいのところにある。正式名は仏国山宝浄寺という。 ここには、1991年の宗創戦争勃発前後ぐらいのころに、寺跡調査のために何度か行っているんですが、なぜ宝浄寺に行こう ...

かつて私がmixi日記で、「日蓮正宗法華講の中で先祖代々の法華講というのは、ほんのごくわずかであり、ほとんどが元創価学会員。『法華講は先祖代々からの信者で創価学会とは違う』なんていう看板は、真っ赤な偽り。一般国民を騙すな」という主旨のことを書いたことがあっ ...

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