アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ

正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」。創価学会や顕正会は勿論の事、その本家本元の日蓮正宗自体も「目くそ鼻くそを笑う」的なものだ。創価学会、SGIや冨士大石寺顕正会、正信会、その他の分派団体……これらの親元・生みの親・育ての親・本家本元は、日蓮正宗です。 伝統仏教の仮面をかぶり、憲法違反、国際人権規約(条約)違反の人権侵害を行い、信教の自由から逸脱した専横活動を行い、一般国民の信教の自由を踏みにじる弾圧を行うカルト宗教を規制する新立法・新条約制定を目指します。日蓮正宗、創価学会、顕正会をカルト宗教に指定して司法監視せよ。反日蓮正宗系(日蓮正宗・創価学会・顕正会・正信会)活動はカルト宗教の専横・独裁・専政・弾圧に抵抗する現代の自由民権運動である。 (「日蓮七百遠忌大法会」終了後、記念撮影する大石寺67世阿部日顕ら日蓮正宗首脳僧侶と池田大作ら創価学会首脳・昭和56(1981)年10月17日付け聖教新聞)

カテゴリ:日蓮正宗・創価学会・顕正会・正信会は同じ穴の狢・同罪である > 1990.12池田罷免~2002.1.31和解・第2次宗創紛争の欺瞞を斬る

□「登山センター」の六文字のゴロ合わせで決まった「法華講事務所」の名前   大石寺の総二坊の並びに「法華講事務所」という名前の、何やら軍艦か、軍事基地を連想させるような建物がある。ここは、1972(昭和47)年の正本堂建立落慶にあわせての大石寺整備計画により建 ...

日蓮正宗大石寺の経蔵、納骨堂の北側、正本堂・奉安殿の東隣りに「富士美術館」があった。 ここは創価学会の外郭団体である財団法人富士美術館が管理・運営し、1991(平成3)年の創価学会破門以降も、大石寺境内地内における創価学会最後の砦として、ずーっと残っていた。 ...

日蓮正宗大石寺67世阿部日顕法主は、法主に登座した当初は、創価学会員を積極的に脱会させて日蓮正宗寺院の信者にするという正信覚醒運動(正信会)の路線を、固く禁止していた。 ところが、1991年の宗創戦争の開戦によって、今度は阿部日顕は、逆に創価学会員を積極的に脱 ...

1991年、宗創戦争開戦と同時に、日蓮正宗大石寺67世阿部日顕法主は創価学会との戦いを有利に進めるため、1972年当時にわき起こっていた「正本堂の意義付け問題」を持ち出して、1972年4月に先代の大石寺66世細井日達法主が出した訓諭の中の文 「正本堂は広宣流布の暁は本門 ...

1991年に日蓮正宗と創価学会の宗創戦争がはじまってから、日蓮正宗大石寺67世阿部日顕法主は、諸悪の根源・悪行の責任の全てを池田大作一人に押しつけて、自分は涼しい顔で「無罪放免」であるかのように振る舞い出した。しかも法主の自分だけが暖衣飽食をして、創価学会の ...

宗創和合時代、阿部日顕は本行寺住職・平安寺住職・教学部長・総監時代から法主に登座し、池田大作とケンカ別れするまで、一貫して親池田大作、親創価学会の僧侶だった。宗創和合時代から反創価学会の急先鋒だったというのは、ウソである。 阿部日顕は法主に登座してから ...

1991年の宗創戦争で、日蓮正宗が創価学会を破門にし、阿部日顕法主は反創価学会強硬派のように、言われているが、しかし宗創和合時代は、阿部日顕という人物は、日蓮正宗の中でも指折りの親池田大作、親創価学会の僧侶だったことをご存じだろうか。   日蓮正宗は1979(昭 ...

日蓮正宗や法華講員たちが運営しているウエブサイトを見ていると、聖教新聞とまがうような表題が踊っているのに、驚かされます。   「九州決起大会に1万1038名結集で完全勝利」   「九州大会の場合、参加したすべての布教区が結集目標を上回り、100%以上の ...

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