■検証5・日蓮正宗大石寺に「日蓮の御肉牙・歯骨」は存在しない5

 

□大石寺の自称「日蓮の御肉牙」の伝承が法主によってバラバラなのは後世の偽作である証拠

 

日蓮正宗大石寺が五十年に一度の日蓮の遠忌法要と法主の代替法要の時だけに参詣した信者の前で開封し、内拝させていると称している、大石寺が所蔵する重宝(?)のひとつ「日蓮の御肉牙」。この「日蓮の御肉牙」なるものの伝承のルーツは、大石寺の法主によって言っていることがバラバラであり、日興が日蓮から相承したのか、日目が日蓮から相承したのか、日蓮正宗としても特定できていないのである。ここに「日蓮の御肉牙」なるものが、後世の誰かが偽作したニセものである馬脚が現れている。江戸時代初期の日蓮正宗大石寺の法主である大石寺17世日精は、自らの著書である「富士門家中見聞」(家中抄)の中で、「日目が日蓮から授かった」と述べている。

以下の文は日精が書き残した記録である。

「此の故に伊勢法印と問答したまふ時も、一両句にて閉口致さす。此れ相伝の故なり。其の頃、御牙歯抜け落つ。(日蓮)聖人此の歯を以て日目に授けて曰く、我に似り問答能くせよとてたまわりける御肉付きの御歯と申すは是れなり。此の歯、当山霊宝随一なり。広宣流布の日、光を放ちたまうべしと云へり」(大石寺17世法主日精の著書「富士門家中見聞」(家中抄)---日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨が編纂した「富士宗学要集」第5184ページ)

この文を簡単に現代語風に言うと、ここで言う「問答」というのは、日蓮がすでに死の床にあった1282(弘安5)年、池上邸で行われたという日目と伊勢法印との問答をさしている。その日目が伊勢法印と問答していた時、日蓮の肉付きの歯が抜け落ちたというのである。そこで日蓮はその歯を日目に授けながら「私のように能弁になるために、此の歯をお前にやる」と言ったという。

ここでの注目すべき点は、日蓮が抜け落ちた歯を日目に授けたという点である。

ところが大石寺17世日精より後の時代の富士大石寺の法主である、大石寺48世日量が書き残した記録によると、この「日蓮の御肉牙」なるものが、日蓮が日興に授けたことになっている。

以下の文は日量が書き残した記録である。

「一、日蓮聖人肉附の御歯一枚。

又、御生骨と称す。蓮祖の在日、生歯を抜き血脈相承の証明と為て、之を日興に賜ひ、事の広布の時に至らば光明を放つべきなり云々。日興より日目に相伝し、代々附法の時之を譲り与ふ。

一代に於いて只一度虫払いの尅、これを開封し奉り拝見に入れしむ。常途之れを開かず」

(大石寺48世法主日量の著書「富士大石寺明細誌」---日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨が編纂した「富士宗学要集」第5335ページ)

 

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