□池田大作が願主になり創価学会が寄進した六壺を取り壊して六壺を新築した阿部日顕 大石寺の六壺(むつぼ)という堂宇は、ちょうど客殿と大坊の間に建っている。 この堂宇は、日興の大石寺創建当時からあった堂宇で、もともとは六室にわかれていたことから「六壷」と ...
カテゴリ:大石寺史・日蓮正宗史・創価学会史・顕正会史の真実 > 大石寺史21・日蓮正宗vs創価学会和解・宗創顕正信徒争奪戦
戸田城聖が2代会長に就任したころの創価学会とほぼ同じくらいの本行寺支部
法華講本行寺支部の講頭を長く務めた柳沢喜惣次氏が、法華講連合会の権力紛争に勝利した背景には、この講中が柳沢喜惣次氏の指揮の下で信者数を伸ばしつづけ、法華講法道院支部と並んで、法華講連合会の中では信者数が最大級になるほど、大きな講中になったということが挙 ...
饅頭(まんじゅう)とおにぎりばかりを食べていた大石寺詰め所の信者
大石寺総代・井出潔氏は、大石寺近隣の信者の中心的な存在で、この宗創戦争初期の大石寺にに右翼団体の街宣車が来ていたころに結成された大石寺自警団も、井出潔氏が中心になって組織したものだという。 井出潔氏の話しによると、時折、深夜でも大石寺周辺で街宣活動をし ...