カテゴリ:大石寺史・日蓮正宗史・創価学会史・顕正会史の真実 > 大石寺史15・創価学会の折伏と富士門流七本山vs日蓮正宗の紛争
#361 北山本門寺の真実1・日興が遷化・葬送が行われ日興の正墓がある北山本門寺・鉄砲曼荼羅は日蓮真筆だが生御影・本門寺根源額・三堂棟札は後世の偽託
北山本門寺は富士門流八本山のひとつ。日蓮宗七大本山のひとつであり、正式名は「富士山重須法華本門寺根源」という。同名の本門寺とは池上本門寺、西山本門寺、讃岐本門寺、本円寺の旧名、大石寺の将来の名(富士山本門寺)があり、名前に根源を使っているのは、他の本門寺 ...
#298 保田妙本寺の真実3-1・大石寺vs創価学会vs保田妙本寺の関係の検証(前編)・室町時代から大石寺教学と同化し戦後、創価学会の折伏で日蓮正宗に帰一した保田妙本寺
保田妙本寺貫首は、日蓮正宗帰一以前は小泉久遠寺と両山一首制の時が多かった。教学では「万年救護の大本尊」日蓮本懐説、保田妙本寺貫首の血脈相承を唱えた歴代貫首はいない。1333~1405年まで大石寺vs日郷門流(保田妙本寺・小泉久遠寺)の72年紛争があった。1482年9月7日 ...
#74 西山本門寺の真実1・1957年に貫首の独断で日蓮正宗に合同したが合同反対の末寺・檀家側勝訴の最高裁判決で日蓮正宗から離脱した西山本門寺
西山本門寺とは富士門流八本山の一つ。西山本門寺には1980年代、90年代、そして2011年10月2日に訪問している。1957年に塔頭・末寺・檀家の承認なく西山本門寺49代貫首・由比日光氏の独断で日蓮正宗に合同。合同に猛反対する塔頭・末寺・檀家と日蓮正宗・西山本門寺貫首の間で ...
西山本門寺50代貫首になったが裁判敗訴で西山本門寺退去・除歴された吉田義誠(日勇)氏
■静岡・富士宮市本山下条妙蓮寺45代住職・吉田日勇(義誠)氏の真実2 □西山本門寺50代貫首になったが裁判敗訴で西山本門寺退去・除歴された吉田義誠(日勇)氏 日蓮正宗宗務院機関誌「大日蓮」に発表された吉田日勇氏の住職歴を見ると 「昭和30年7月23日 百貫坊 ...
吉田日勇氏の不都合な部分をことごとくカットし歴史の真実を歪曲して報道している日蓮正宗
■静岡・富士宮市本山下条妙蓮寺45代住職・吉田日勇(義誠)氏の真実1 □吉田日勇氏の不都合な部分をことごとくカットし歴史の真実を歪曲して報道している日蓮正宗 2014年6月16日午前10時2分、静岡県富士宮市下条の日蓮正宗本山・富士山妙蓮寺第45代貫首(住職)・吉 ...
下条妙蓮寺の場合も揉めた?1950年代の日蓮正宗への合同・併呑問題
□1950年の下条妙蓮寺の日蓮正宗合同・併呑から十年後に行われた帰一入仏式 さて昭和二十年代から三十年代にかけて、富士門流本山が日蓮正宗に合同・併呑されてしまうということが起こっている。 □1946(昭和21)年 讃岐本門寺35代・相馬日鳳貫首の主導で讃岐本門寺 ...
日蓮宗・富士門流を巻き込む紛争に発展した日向定善寺・日蓮正宗合同の歴史の真実
□定善寺の日蓮正宗合同反対運動・大日蓮宗の独立まで発展した日蓮正宗合同紛争 日向定善寺32代・小原日悦貫首が日蓮正宗へ合同を決定しても、定善寺檀家の多くが反対し、なかなかまとまらなかったが、小原日悦貫首が檀家を一軒一軒歩いて廻って説得し、ようやくのこ ...
昭和三十年代の創価学会折伏大進撃で日蓮正宗に合同した九州・日向定善寺
□創価学会折伏大進撃で日蓮正宗に合同した歴史の真実を隠蔽する日蓮正宗 日向定善寺とは、九州の宮崎県日向市大字財光寺にある日蓮正宗の本山寺院のひとつで、正式な名前は、日知屋山定善寺という。 定善寺は、もともとは大石寺門流ではなく、日郷門流の本山寺院で ...
戒壇大本尊は後世の偽作だ(134-2)~解説・称徳符法の大本尊
■称徳符法の大本尊(しょうとくふほうのだいほんぞん) □顕示年月日 文永九年太才壬申正月元日 □脇書 問答第一行戒智徳筆蹟符法沙門日興授与之 □讃文 仏滅度後二千二百二十余年之間 一閻浮提之内 未曾有之大曼荼羅也 ...
戒壇大本尊は後世の偽作だ(134-1)~解説・万年救護の大本尊
■万年救護の大本尊(まんねんくごのだいほんぞん) □顕示年月日 文永十一年甲戌十二月 日 □脇書 甲斐國波木井郷於 山中図之 □讃文 大覚世尊御入滅後 経歴二千二百二十余年 雖尓月漢 日三カ国之 ...