□暴力抗争を行うカルト宗教教団を特定危険抗争カルト宗教に指定して司法監視下に置くべきだ

 

「日蓮正宗系」カルト宗教教団の中でも、特にひどいカルト体質、暴力体質、謀略体質を持っているのが、創価学会、富士大石寺顕正会(妙信講)、日蓮正宗大石寺理境坊妙観講であり、この三者がヤクザ、暴力団もびっくりするかのような抗争を、三つどもえになって40年以上の長期にわたって繰り広げている。こういった宗教抗争そのものが宗教者としてふさわしい振る舞いであるのかどうか、よくよく考えていただきたい。

創価学会と顕正会(妙信講)は、1970年代から大石寺正本堂の意義付け問題、国立戒壇問題をめぐって延々と抗争をつづけている。1974(昭和49)11月には、妙信講(顕正会)青年部が徒党を組んで、東京・信濃町の創価学会本部に乱入し、暴力事件を起こして、逮捕者を出した上、裁判で有罪判決が出ている。正本堂の意義付け問題、国立戒壇問題の真っ直中、1970(昭和45)1972(昭和47)年ころは、日蓮正宗、創価学会、妙信講(顕正会)の三つどもえの論争になり、妙信講指導者・浅井甚兵衛・浅井昭衛親子は、大石寺66世細井日達に「妙信講が一死を以て立つの時、流血の惨が起きること必至であります」との文言を書いた諫言書に名を借りた脅迫状を送りつける事件を起こしている。1974(昭和49)8月、妙信講(顕正会)は、日蓮正宗から破門されるのだが、破門によって大石寺法主書写の曼荼羅が下附されなくなると、妙信講(顕正会)信徒が創価学会員宅に乱入して、大石寺法主書写の曼荼羅を強奪する事件を起こしている。創価学会と顕正会は21世紀の現代に至っても抗争をつづけており、会員信徒の奪い合い合戦を行っている。

197080年代の宗創和合時代は、顕正会は右翼団体顔負けの街宣車を繰り出し、大石寺周辺に押しかけ、大石寺周辺・正本堂周辺を街宣車の大音量でがなり立てる事件を頻発させていた。

顕正会vs妙観講の抗争は、少なくとも1980年代から起きている。妙観講が顕正会本部周辺で、顕正会批判のビラを大量配布。これがビラ配布を制止しようとする顕正会員との間で、暴力事件に発展している。片や、顕正会のほうは、妙観講本部に殴り込み同然に、大量の顕正会男子部信徒を徒党を組んで押しかけさせ、顕正会vs妙観講の押し問答から暴力事件を起こし、暴力事件の責任を、妙観講と顕正会がお互いに、なすりあいをしている。二つの宗教集団による暴力沙汰事件、暴力事件を起こしておいて、一方に全面的な非があり、一方には全く責任がないなどということがあるだろうか。二つの宗教団体の信者集団同士による暴力事件は、誰がどう見ても双方に責任があることが明らかだろう。妙観講は、暴力事件の責任は顕正会にあるといい、顕正会は暴力事件の責任は妙観講にあるという。こんな責任のなすりあい合戦を聞いて、妙観講が全て悪いとか、顕正会が全て悪いなどと考える人は、一般世間にはいない。それどころか、妙観講本部に殴り込み同然に押しかけてきた顕正会員と妙観講信徒の抗争に驚き、妙観講本部の近隣の住民の方が、警察に通報。ここに妙観講vs顕正会の抗争が警察沙汰の事件になっている。

 

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