アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ

正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」。創価学会や顕正会は勿論の事、その本家本元の日蓮正宗自体も「目くそ鼻くそを笑う」的なものだ。創価学会、SGIや冨士大石寺顕正会、正信会、その他の分派団体……これらの親元・生みの親・育ての親・本家本元は、日蓮正宗です。 伝統仏教の仮面をかぶり、国際人権規約(条約)違反の人権侵害を行い、信教の自由から逸脱した専横活動を行い、一般国民の信教の自由を踏みにじる弾圧を行うカルト宗教を規制する新立法・新条約制定を目指します。日蓮正宗、創価学会、顕正会をカルト宗教に指定して司法監視せよ。反日蓮正宗系活動はカルト宗教の専横・独裁・専政・弾圧に抵抗する現代の自由民権運動である。 (「日蓮七百遠忌大法会」終了後、記念撮影する大石寺67世阿部日顕ら日蓮正宗首脳僧侶と池田大作ら創価学会首脳・昭和56(1981)年10月17日付け聖教新聞)

大石寺9世日有の偽作解明の鍵・左京阿闍梨日教(本是院日叶)

□正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」です
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/29372252.html
□反日蓮正宗・反創価学会・反顕正会・反正信会路線の「アンチ日蓮正宗」
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_695541.html
「仏教宗学研究会」とは「アンチ日蓮正宗」管理人が設立した会の名称。この会の中で、「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。富士門流執着軍団批判は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄だが、「日蓮正宗系」以外の富士門流寺院の調査・研究は「仏教宗学研究会のブログ」の管轄。「仏教宗学研究会」への誹謗中傷に対する反撃・糾弾は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」から、カルト宗教対策、カルト宗教取締特別立法、カルト宗教拡散防止条約制定の活動部分を独立させたものが「国際カルト宗教対策委員会(Icat-Cult)」
□「アンチ日蓮正宗」「Icat-Cult」「仏教宗学研究会」は表裏一体の同体」
http://international-committee-against-cult.doorblog.jp/archives/1655529.html
□「国際カルト宗教対策委員会・公式ブログ」
http://international-committee-against-cult.doorblog.jp/
□「アンチ日蓮正宗」の5番目の批判ターゲットに「富士門流執着軍団」を指定
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/38818720.html
□「アンチ日蓮正宗」の基本方針・基本政策・メインテーマ
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1081721.html

□日蓮正宗とは伝統仏教の仮面をかぶるカルト・宗教詐欺集団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1155403.html
□創価学会は伝統仏教の仮面をかぶるカルト・謀略政治団体である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_622031.html
□冨士大石寺顕正会とは伝統仏教の仮面を被るカルト・暴力集団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_496386.html
□妙観講とは伝統仏教の仮面をかぶるカルト・謀略集団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_690733.html
□日蓮正宗正信会とは日蓮正宗の仮面をかぶる創価学会の分派である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_496387.html
□「富士門流執着軍団」とは伝統仏教の仮面を被る謀略軍団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1055717.html
□日蓮正宗・創価学会・顕正会・正信会は同じ穴の狢・同罪である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_174276.html
□日蓮正宗管長・代表役員・大石寺法主への離檀宣告書の書式
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/30268020.html
□日蓮正宗からの離檀1(離檀届)
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17606850.html
□創価学会からの脱会1(脱会届)
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17607967.html
□冨士大石寺顕正会からの脱会1(脱会届)
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17611881.html
□正信会からの脱会1(離檀届)
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17613697.html
□日蓮正宗批判・創価学会批判・顕正会批判は他のカルト宗教批判と構造が異なる
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/33730660.html
□「アンチ日蓮正宗」は永世中立・非同盟・不偏不党・自主独立機関
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_689583.html
□アンチ日蓮正宗・コミュ・ブログ・管理人
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_613423.html
□「アンチ日蓮正宗」の主宰者・管理人は無宗教である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/9893862.html
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/9911806.html
□「アンチ日蓮正宗」はいかなる団体・宗派も支持しない・連合しない
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/10655360.html
□「アンチ日蓮正宗」は単なる数合わせの政治的野合・連合体をめざさない
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/35069469.html
□「『アンチ日蓮正宗』の内容は正確で、問題の本質をとらえている」と日蓮正宗の現役信者・元信者が認めている
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/12617039.html
□「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」管理人の自叙伝
「実録・となりの創価学会員・法華講員」
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_610577.html
<注意事項>
□「アンチ日蓮正宗」の全ての記事・写真等の無断転載、無断使用、無断複製、無断模倣は厳禁です
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17463344.html
□「「3ブログ」は言論の自由・表現の自由のサイトであり名誉毀損・誹謗中傷・業務妨害サイトではない」
http://bukkyoshugakukenkyukai.doorblog.jp/archives/49127458.html
□「ニセhide」「ニセアンチ日蓮正宗」の謀略にご注意下さい
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1186234.html
□英昭彦以外の者が他のインターネットサイト・SNS・他の著作物等で「アンチ日蓮正宗」管理人「hide」を名乗ることを厳禁する

□日蓮正宗系カルト対策とオウム・統一教会・幸福の科学等のカルト対策は別個である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/30040491.html
□「日蓮正宗系」離檀・離宗・脱会確認後、最低5年間は『様子見期間』とさせていただいています
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/43144396.html

<協力要請>

□「日蓮正宗系」カルトを離檀・離宗・脱会された方々へ情報提供・内部告発の協力要請
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/43712967.html
<ご相談>
□御相談は全て管理人の電話にて受け付けていますので電話をお願いします
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/42053605.html
□管理人の連絡先
(mobile)
080-6553-2774
anti-nichirenshoshu@ezweb.ne.jp
(telephone)
03-6325-6401
(FAX)
03-6325-7926
(PC)
anti_nichirenshoshu@jcom.zaq.ne.jp
(管理人名)英昭彦(hide_akihiko)

日蓮本仏義は9世日有の偽作だ(47)~日蓮本仏義・戒壇の大本尊・大石寺法主の血脈相承のキーパーソン・左京阿闍梨日教2

■検証47・「日蓮本仏義」大石寺9世日有偽作の証拠2・左京阿闍梨日教の文2

 

大石寺12世法主日鎮の代には「法主の最側近僧侶」になっていた左京阿闍梨日教

 

大石寺9世日有の教学である大石寺独自の「三大秘法」(戒壇の大本尊) 「日蓮本仏義」「事の戒壇」「法主絶対思想」「唯授一人の血脈相承」を徹底して宣揚した左京阿闍梨日教は、大石寺門流の中で、最終的にどのような地位まで登り詰めたのか。1488(長享2)610日、左京阿闍梨日教は「類聚翰集私」の中で。

「化儀抄に云く、仰せに云く人の志しを仏聖人に取り次ぎ申さん心中大切なり、一紙半銭も百貫千貫も云々」(大石寺59世堀日亨編纂『富士宗学要集』2p339)

化儀抄云仰云人志仏聖人取次申心中大切1
 

と、大石寺9世日有の説法を南条日住が筆記した「化儀抄」の文を引用している。「化儀抄」とは、最後の末文に「仰せに曰く二人とは然るべからざる由に候」(『日有師化儀抄』p115)と書いてあるように、大石寺9世日有がただ一人(日鎮)にかぎり申し伝えてよろしいと命じた書である。つまり大石寺9世日有の後継法主の大石寺12世日鎮のみが披見できる書物であった「化儀抄」の文を、左京阿闍梨日教は自らの著書で引用しているということは、大石寺12世日鎮の代に法主のみが披見が許される「化儀抄」を、左京阿闍梨日教は特別に披見が許される立場にあった。つまり左京阿闍梨日教は、大石寺12世日鎮の代では相当な高僧か、法主の最側近僧侶であったと、考えられる。大石寺59世堀日亨は、大石寺門流における左京阿闍梨日教の地位について

「鎮師(大石寺12世法主日鎮)が若い時に貫首(法主)になったのですけれども 鎮師の御意見番というようなものがあったですね。それは例の左京日教(左京阿闍梨日教)という人がですね、あの人が要法寺からきて、日有上人の門下になって、そしていろいろな大石寺の内外の寺務にたずさわっていたらしいです。その人があとに残って鎮師を補佐してきたのです」

鎮師の御意見番それは例の左京日教
 

「その左京日教が日鎮上人の御意見番ですね。日有上人の晩年にですね、亡くなる四、五年前にですね、すっかり、お山(大石寺)にきて仕えていた。で、法義のできる人ですから、まあ、日有上人が亡くなられても、後は左京日教が日鎮上人に学問を仕込んだ」

(堀上人に富士宗門史を聞く()/『富士宗門史』p9495)

左京日教が日鎮上人学問仕込んだ


日有・左京阿闍梨日教・日鎮
 

と、述べている。御意見番とは、辞書によれば

「豊かな経験と知識とを持ち、偉い人に対しても遠慮なく意見を述べ、忠告する人。」

と載っている。法主の御意見番とは、今でいうと次期法主に内定している学頭以下、宗務総監以上の地位か。江戸幕府で言うと、天下の副将軍以下、大老・老中以上の地位にあった将軍の「側用人」か。他門流の日尊門流出身の「外様」僧侶である左京阿闍梨日教が、法主の「側用人」にまで出世したというのは、まさに異例中の異例の出世と言えるのではないだろうか。

 

続きを読む

日蓮本仏義は9世日有の偽作だ(46)~日蓮本仏義・戒壇の大本尊・大石寺法主の血脈相承のキーパーソン・左京阿闍梨日教1

■検証46・「日蓮本仏義」大石寺9世日有偽作の証拠2・左京阿闍梨日教の文1

 

□日蓮本仏義・戒壇の大本尊・大石寺法主の血脈相承のキーパーソン・左京阿闍梨日教1

 

「戒壇の大本尊」なる偽作板本尊を根本に据えて、本門の本尊・戒壇・題目という「三大秘法」(さんだいひほう)「日蓮本仏義」「唯授一人の血脈相承」という日蓮正宗の根幹の教義を完成させたのは、大石寺9世日有である。ただし大石寺9世日有が直接一人で行ったわけではなく、大石寺9世日有の説法を聴聞して書きとどめ「化儀抄」「有師御物語抄」を完成させた側近僧侶・南条日住がおり、さらに大石寺9世日有の説法を聴聞して記録した僧侶・吉奈連陽房、下野阿闍梨、筑前阿闍梨という僧侶がいた。しかし文献的に完成させたのは、大石寺9世日有の弟子で、元々は日興門下の富士門流の中でも、玉野大夫阿闍梨日尊の門流に属していたが、後に大石寺9世日有の門下に帰伏した、左京阿闍梨日教という僧侶であった。 左京阿闍梨日教は、元々の法名を本是院日叶(にちじゅう)と名乗っていたが、大石寺9世日有の門下に帰伏した後、左京阿闍梨日教と改名している。大石寺門流で、大石寺9世日有の弟子の左京阿闍梨日教は、大石寺独自の「三大秘法」(戒壇の大本尊)「唯授一人」「血脈相承」「金師相承」「金口相承」といった教義と同様、自らの著書「百五十箇条」「穆作抄」「類聚翰集私」等々の中で鼓吹・宣揚していった。

京都の日尊門流から大石寺9世日有の門に帰伏した僧侶・左京阿闍梨日教という人物は、「戒壇の大本尊」「三大秘法」「大石寺法主の血脈相承」「唯授一人の血脈相承」という日蓮正宗の根幹の教義形成に当たって、重要なカギを握るキーパーソンなのである。その左京阿闍梨日教(本是院日叶)が、いつ大石寺9世日有の門下に会下したのか。左京阿闍梨日教(本是院日叶)の教学は、大石寺教学なのか。日尊門流の教学なのか。あるいは他門流の教学なのか。どういう履歴を持つ人物なのかを解明することは、大石寺9世日有の偽作教学の謎を解明していく上で、重要なポイントである。また大石寺をはじめとする「日蓮正宗系」から富士門流、富士門流執着軍団、日蓮宗に至るまで、左京阿闍梨日教(本是院日叶)の教学や人物、履歴等について、誤った見解が多く横行している。左京阿闍梨日教(本是院日叶)は、大石寺の歴史、大石寺9世日有の教学から「日蓮本仏義」「戒壇の大本尊」「事の戒壇」「二箇相承」「日興跡条条事」「大石寺法主の血脈相承」「百六箇抄」等々において、重要なカギになる人物である。左京阿闍梨日教(本是院日叶)の教学は、大石寺教学なのか。日尊門流の教学なのか。あるいは他門流の教学なのか。どういう履歴を持つ人物なのかを解明することは、まことに重要であり、「アンチ日蓮正宗」においても、何度も言及しているところである。そこで左京阿闍梨日教(本是院日叶)は「日蓮本仏義」「戒壇の大本尊」「事の戒壇」「二箇相承」「日興跡条条事」「大石寺法主の血脈相承」「百六箇抄」のキーパーソンであるが故に、今一度、左京阿闍梨日教(本是院日叶)の教学や人物、履歴等について、おさらいをしておきたい。

 

続きを読む

百六箇抄は9世日有の偽作だ(88)~大石寺法主の血脈相承・唯授一人血脈相承・百六箇抄のキーパーソン・左京阿闍梨日教2

■検証88・百六箇抄が大石寺9世日有の偽作である証拠・大石寺独自の「血脈相承」義9

 

大石寺12世法主日鎮の代には「法主の最側近僧侶」になっていた左京阿闍梨日教

 

大石寺9世日有の教学である「三大秘法」「事の戒壇」「日蓮本仏義」「法主絶対思想」「唯授一人の血脈相承」を徹底して宣揚した左京阿闍梨日教は、大石寺門流の中で、最終的にどのような地位まで登り詰めたのか。1488(長享2)610日、左京阿闍梨日教は「類聚翰集私」の中で。

「化儀抄に云く、仰せに云く人の志しを仏聖人に取り次ぎ申さん心中大切なり、一紙半銭も百貫千貫も云々」(大石寺59世堀日亨編纂『富士宗学要集』2p339)と、大石寺9世日有の説法を南条日住が筆記した「化儀抄」の文を引用している。「化儀抄」とは、最後の末文に「仰せに曰く二人とは然るべからざる由に候」(『日有師化儀抄』p115)と書いてあるように、大石寺9世日有がただ一人(日鎮)にかぎり申し伝えてよろしいと命じた書である。つまり大石寺9世日有の後継法主の大石寺12世日鎮のみが披見できる書物であった「化儀抄」の文を、左京阿闍梨日教は自らの著書で引用しているということは、大石寺12世日鎮の代に法主のみが披見が許される「化儀抄」を、左京阿闍梨日教は特別に披見が許される立場にあったということである。つまり左京阿闍梨日教は、大石寺12世日鎮の代では相当な高僧か、法主の最側近僧侶であったと、考えられる。

大石寺59世堀日亨は、大石寺門流における左京阿闍梨日教の地位について

「鎮師(大石寺12世法主日鎮)が若い時に貫首(法主)になったのですけれども 鎮師の御意見番というようなものがあったですね。それは例の左京日教(左京阿闍梨日教)という人がですね、あの人が要法寺からきて、日有上人の門下になって、そしていろいろな大石寺の内外の寺務にたずさわっていたらしいです。その人があとに残って鎮師を補佐してきたのです」

「その左京日教が日鎮上人の御意見番ですね。日有上人の晩年にですね、亡くなる四、五年前にですね、すっかり、お山(大石寺)にきて仕えていた。で、法義のできる人ですから、まあ、日有上人が亡くなられても、後は左京日教が日鎮上人に学問を仕込んだ」

(堀上人に富士宗門史を聞く()/『富士宗門史』p9495)

と、述べている。御意見番とは、辞書によれば

「豊かな経験と知識とを持ち、偉い人に対しても遠慮なく意見を述べ、忠告する人。」

と載っている。法主の御意見番とは、今でいうと次期法主に内定している学頭以下、宗務総監以上の地位か。江戸幕府で言うと、天下の副将軍以下、大老・老中以上の地位にあった将軍の「側用人」か。他門流の日尊門流出身の「外様」僧侶である左京阿闍梨日教が、法主の「側用人」にまで出世したというのは、まさに異例中の異例の出世と言えるのではないだろうか。

 

続きを読む

百六箇抄は9世日有の偽作だ(87)~大石寺法主の血脈相承・唯授一人血脈相承・百六箇抄のキーパーソン・左京阿闍梨日教

■検証87・百六箇抄が大石寺9世日有の偽作である証拠・大石寺独自の「血脈相承」義8

 

□大石寺法主の血脈相承・唯授一人血脈相承・百六箇抄のキーパーソン・左京阿闍梨日教

 

「戒壇の大本尊」なる偽作板本尊を根本に据えて、本門の本尊・戒壇・題目という「三大秘法」(さんだいひほう)「日蓮本仏義」「唯授一人の血脈相承」という日蓮正宗の根幹の教義を完成させたのは、大石寺9世日有である。ただし大石寺9世日有が直接一人で行ったわけではなく、大石寺9世日有の説法を聴聞して書きとどめ「化儀抄」「有師御物語抄」を完成させた側近僧侶・南条日住がおり、さらに大石寺9世日有の説法を聴聞して記録した僧侶・吉奈連陽房、下野阿闍梨、筑前阿闍梨という僧侶がいた。しかし文献的に完成させたのは、大石寺9世日有の弟子で、元々は日興門下の富士門流の中でも、玉野大夫阿闍梨日尊の門流に属していたが、後に大石寺9世日有の門下に帰伏した、左京阿闍梨日教という僧侶であった。 左京阿闍梨日教は、元々の法名を本是院日叶(にちじゅう)と名乗っていたが、大石寺9世日有の門下に帰伏した後、左京阿闍梨日教と改名している。大石寺門流で、大石寺9世日有の弟子の左京阿闍梨日教は、「三大秘法」「唯授一人」「血脈相承」「金師相承」「金口相承」といった教義と同様、自らの著書「百五十箇条」「穆作抄」「類聚翰集私」等々の中で鼓吹・宣揚していった。

京都の日尊門流から大石寺9世日有の門に帰伏した僧侶・左京阿闍梨日教という人物は、「戒壇の大本尊」「三大秘法」「大石寺法主の血脈相承」「唯授一人の血脈相承」という日蓮正宗の根幹の教義形成に当たって、重要なカギを握るキーパーソンなのである。その左京阿闍梨日教(本是院日叶)が、いつ大石寺9世日有の門下に会下したのか。左京阿闍梨日教(本是院日叶)の教学は、大石寺教学なのか。日尊門流の教学なのか。あるいは他門流の教学なのか。どういう履歴を持つ人物なのかを解明することは、大石寺9世日有の偽作教学の謎を解明していく上で、重要なポイントである。また大石寺をはじめとする「日蓮正宗系」から富士門流、富士門流執着軍団、日蓮宗に至るまで、左京阿闍梨日教(本是院日叶)の教学や人物、履歴等について、誤った見解が多く横行している。左京阿闍梨日教(本是院日叶)は、大石寺の歴史、大石寺9世日有の教学から「戒壇の大本尊」「事の戒壇」「二箇相承」「日興跡条条事」「日蓮本仏義」「大石寺法主の血脈相承」「百六箇抄」等々において、重要なカギになる人物である。左京阿闍梨日教(本是院日叶)の教学は、大石寺教学なのか。日尊門流の教学なのか。あるいは他門流の教学なのか。どういう履歴を持つ人物なのかを解明することは、まことに重要であり、「アンチ日蓮正宗」においても、何度も言及しているところである。そこで左京阿闍梨日教(本是院日叶)は大石寺法主の血脈相承・唯授一人血脈相承・百六箇抄のキーパーソンであるが故に、今一度、左京阿闍梨日教(本是院日叶)の教学や人物、履歴等について、おさらいをしておきたい。

 

続きを読む

二箇相承は9世日有の偽作だ(75)~左京阿闍梨日教(本是院日叶)が宣揚した教学は大石寺9世日有の教学そのものだ

■検証75・左京阿闍梨日教(本是院日叶)の経歴・事跡に関する今までの通説は誤りである14

 

左京阿闍梨日教(本是院日叶)が宣揚した教学は大石寺9世日有の教学そのものだ

 

日蓮本仏義、事の戒壇、本迹勝劣、釈迦如来像不造仏義、血脈相承、二箇相承、百六箇抄、産湯相承事等々の教義、相伝書を偽作したのは大石寺9世日有であり、日尊門流ではない。

その大石寺9世日有門下に1472(文明4)年ころから会下していた本是院日叶(左京阿闍梨日教)が書いた「百五十箇条」に出てくる日蓮本仏義、事の戒壇、本迹勝劣、釈迦如来像不造仏義、血脈相承、二箇相承、百六箇抄、産湯相承事等々は、日尊門流教学の影響ではなく、大石寺9世日有が唱えた教学であることが、明確である。本是院日叶(左京阿闍梨日教)は「百五十箇条」で

「常寂光土とは本門の戒壇。是は何処に有りや富士山とこそ伝え承れ…三箇の秘法を授け玉ふ。日興を白蓮と申すも日蓮と白蓮と同じ心なり」(富士宗学要集2p177)

「此の戒壇こそ常寂光土なれ。本国土妙なり。…此の戒壇院は広宣流布の時御崇敬有り。最も六万坊を建立有るべしと。今法華行者の所居の土、常寂光土なり」(富士宗学要集2p220)

と、「本門戒壇」「事の戒壇」について説いている。

「百五十箇条」の「常寂光土とは本門の戒壇。是は何処に有りや富士山とこそ伝え承れ…此の戒壇こそ常寂光土なれ。本国土妙なり。…此の戒壇院は広宣流布の時御崇敬有り。最も六万坊を建立有るべしと。今法華行者の所居の土、常寂光土なり」という本門戒壇が常寂光土であり、「此の戒壇院は広宣流布の時御崇敬有り」との文は、保田妙本寺・日要が大石寺9世日有の説法を筆録した「新池抄聞書」の文

「日有云く、また云く、大石は父の寺、重須は母の寺、父の大石は本尊堂、重須は御影堂、大石は本果妙、重須は本因妙、彼は勅願寺、此は祈願寺、彼は所開、此は能開、彼は所生、此は能生、即本因、本果、本国土妙の三妙合論の事の戒壇なり」(日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨の著書「富士日興上人詳伝」p294295/「富士日興上人詳伝・下」p84)

に出てくる、「本因、本果、本国土妙の三妙合論の事の戒壇」、すなわち大石寺9世日有が偽作した「戒壇の大本尊」を祀る堂宇が「事の戒壇」であるという教義と同趣旨である。この「事の戒壇」という教義は、日蓮が説いた三大秘法のひとつの「戒壇」とは、全く別個の戒壇であり、大石寺9世日有が独自に発明・偽作した教義である。この「事の戒壇」の教義は日尊門流には絶対にない。

後に本是院日叶(左京阿闍梨日教)

「三箇の秘法とは日蓮、日目と御相承し、…この三箇の秘法は当家の独歩なり」(同『富士宗学要集』2p257・左京阿闍梨日教『穆作抄』)

「此の三箇の秘法、余流に存知無き」(同『富士宗学要集』2p313・左京阿闍梨日教の著書『類聚翰集私』より)

と、「当家の独歩」「余流に存知無き」と宣揚している。左京阿闍梨日教が説いた「三大秘法」が、日蓮が説いた「三大秘法」あるいは日尊門流でも説いている「三大秘法」ならば、「当家の独歩」「余流に存知無き」等と鼓吹・宣揚するはずがない。

 

続きを読む
メッセージ

名前
メール
本文
記事検索
最新記事(画像付)
最新コメント
livedoor プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
  • ライブドアブログ