□大石寺門流の中で、最初に「日蓮本仏義」なる教義を説いた人物は大石寺9世日有である
日蓮正宗の信仰活動の根幹を成している根本教義に、「戒壇の大本尊」なる板本尊、大石寺法主のみが承継していると自称している「唯授一人の血脈相承」と並んで、彼らの宗祖・日蓮を釈迦牟尼よりも上位にある本仏である、ないしは日蓮と釈迦牟尼は同格の本仏、又は「名異体同」(名前が異なっているだけで、実際は同じ)とする「日蓮本仏義」というものがある。
「日蓮が本仏である」とする「日蓮本仏義」なるものは、日蓮が説いたものでも、日興が説いたものでもなく、日蓮や日興とは全く無関係のものである。否、それどころか、「日蓮本仏論」も「唯授一人の血脈相承」ないしは「法主の血脈」なるものは、日蓮正宗大石寺9世法主・日有が偽作したものである。ではなぜ大石寺9世日有は、「日蓮本仏義」なるものを偽作したのか。
日蓮正宗大石寺を、日蓮の正墓がある身延山久遠寺や日興の正墓がある北山本門寺を凌いで日蓮門流・富士門流の総本山にするためであり、大石寺9世日有が偽作した「戒壇の大本尊」なる板本尊を理論的に正統化するためである。
そして大石寺9世日有が、「戒壇の大御本尊」なる板本尊を偽作して日蓮真筆だなどと詐称し、日蓮正宗大石寺門流の中心・根本の本尊(法の本尊と日蓮正宗が呼んでいる)に据えた以上、日蓮を根本の仏(末法の本仏・仏の本尊と日蓮正宗が呼んでいる)に据えないと、日蓮正宗大石寺門流の教義の骨格の辻褄が合わなくなる。
日蓮の教義の中でも最重要教義としている「本門事の戒壇」に祀る「戒壇の大御本尊」なる豪華絢爛な板本尊の“造立主”は、釈迦牟尼を超える『本仏』でなければならなかった。釈迦牟尼から相承を受けた上行菩薩が末法の世に再誕した僧侶・日蓮という位置づけでは、『仏』よりも格下の『僧』が根本の『本尊』を説いたことになり、教義が自己矛盾に陥ってしまう。それよりも何よりも、日蓮正宗大石寺を富士門流の総本山はおろか、総ての日蓮門流(日蓮宗)の総本山にして覇権を握りたい大石寺9世日有の野望を満足させるものではなかったであろう。 日蓮正宗大石寺9世法主日有は、大石寺門流の中で、最初に「日蓮本仏義」なる教義を説いた人物であった。
一般的な宗教学上の学説などでは、日蓮本仏義なるものは、日蓮正宗大石寺26世法主・日寛によって確立されたとの見解がなされているが、日蓮を人本尊(本仏としての本尊)とする教義を富士門流、なかんずく大石寺門流の中で、明確に確立したのは、大石寺九世日有である。
大石寺9世日有は、弟子の南条日住が筆録した「化儀抄」において、
「当宗の本尊の事、日蓮聖人に限り奉るべし」
「当宗には断惑証理の在世正宗の機に対する所の釈迦をば本尊には安置せざるなり。其の故は未断惑の機にして六即の中には名字初心に建立する所の宗なる故に地住已上の機に対する所の釈尊は、名字初心の感見には及ばざる故に、釈迦の因行を本尊とするなり。其の故は我れ等が高祖日蓮聖人にて在すなり」(大石寺59世堀日亨が編纂した『富士宗学要集』1巻相伝信条部p65) と、はっきりと明示し、その上から、仏教教学的な観点から、日蓮本仏義の教義を種々に説き示している。
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