アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ

正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」。創価学会や顕正会は勿論の事、その本家本元の日蓮正宗自体も「目くそ鼻くそを笑う」的なものだ。創価学会、SGIや冨士大石寺顕正会、正信会、その他の分派団体……これらの親元・生みの親・育ての親・本家本元は、日蓮正宗です。 伝統仏教の仮面をかぶり、国際人権規約(条約)違反の人権侵害を行い、信教の自由から逸脱した専横活動を行い、一般国民の信教の自由を踏みにじる弾圧を行うカルト宗教を規制する新立法・新条約制定を目指します。日蓮正宗、創価学会、顕正会をカルト宗教に指定して司法監視せよ。反日蓮正宗系活動はカルト宗教の専横・独裁・専政・弾圧に抵抗する現代の自由民権運動である。 (「日蓮七百遠忌大法会」終了後、記念撮影する大石寺67世阿部日顕ら日蓮正宗首脳僧侶と池田大作ら創価学会首脳・昭和56(1981)年10月17日付け聖教新聞)

弥四郎国重架空人物説は戒壇大本尊偽作の証拠

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戒壇大本尊は9世日有の偽作だ(194)~安永弁哲氏の弥四郎国重・妙海寺本尊裏書模倣説は誤りである

■検証194・安永弁哲氏の弥四郎国重・妙海寺本尊裏書模倣説は誤りである

 

□弥三郎・弥四郎とは中世・鎌倉時代から室町時代・近世の日本で広く用いられた名前である

 

安永弁哲氏は著書「板本尊偽作論」の中で、大石寺の「戒壇の大本尊」なる板本尊の授与書の「本門戒壇之願主 弥四郎国重 法華講衆等敬白」の文について、静岡県沼津市の日蓮宗寺院・妙海寺に格蔵されている日蓮真筆本尊の裏書きに

「山本弥三郎法号日安授与大漫荼羅」「山本弥三郎内法号日専御授与漫荼羅」

とあり、妙海寺の過去帳に山本弥三郎という人物が「弥三郎国安」と載っていること、そして妙海寺には開山以来、八日堂法華講という講中があることから、

「板本尊は日有が妙海寺の『天下泰平国家長久八日堂御祈祷之大漫荼羅』と『弥三郎国安』授与の漫荼羅にヒントを得て、板本尊を模作偽造したものを、岡宮・光長寺開山日法と結びつけて、日法彫刻の板本尊という筋書きをつくったものであろう」(『板本尊偽作論』p161)

という説を唱えている。

しかし、この安永弁哲氏が唱える、弥四郎国重・妙海寺本尊裏書模倣説は誤りである。

 

まず「弥四郎」とか「弥三郎」とかいう名前は、誰か特定の個人を指す名前ではなく、一家の第三子、第四子、三男、四男であることを現す語として、中世・鎌倉時代から室町時代・近世の日本で広く用いられた名前である。例を挙げると

北条小四郎義時→小四郎 北条時政の第四子 三浦兵六義村→兵六 三浦義澄の第六子

北条太郎泰時→太郎 北条義時の第一子  北条五郎時房→五郎 北条時政の第五子

三浦兵九郎胤義→兵九郎 三浦義澄の第九子 源九郎義経→源義朝の九男

「○○郎△□」という名前自体、武家、農民をはじめ、広い階層において、日本国内で広く使われた名前であり、どこにでもあった名前である。

妙海寺の弥三郎国安が、大石寺の「戒壇の大本尊」なる板本尊の授与書にある「弥四郎国重」と名前が似ているのはちがいないが、しかしながらこれと同様の名前が、この時代に世間にあふれていたということになると、必ずしも妙海寺の弥三郎国安をまねたとは言えず、このように結論を下すことは拙速であろう。

 

「法華講」という名前も同様であり、日蓮正宗大石寺9世法主日有以前においては妙海寺の八日堂法華講以外に、大漫荼羅授与書や古文書に、佐渡国法華講衆、奥州柳目一迫法華講衆、奥州柳目法華講衆という名前が出てきている。しかも佐渡国法華講衆には日興が授与した遺文に出てくる名前であり、奥州柳目一迫法華講衆は大石寺5世日行が授与した本尊の授与書に、奥州柳目法華講衆とは大石寺6世日時が授与した本尊の授与書に出てくる名前なのであり、大石寺法主と直接関係があったと考えられる。

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戒壇大本尊は後世の偽作だ(166)~「本門戒壇の願主」が架空の人物になっていることが「本門戒壇の大御本尊」が後世の偽作である証拠2

■検証166・「願主弥四郎国重」の説が法主によってバラバラなのは「本門戒壇の大御本尊」が後世の偽作である証拠だ5

 

□「本門戒壇の願主」が架空の人物になっていることが「本門戒壇の大御本尊」が後世の偽作である証拠2

 

「本門戒壇の大御本尊」なる板本尊の授与書に書いてある「本門戒壇の願主」の名前が、架空の農民信者の名前になっているのは、どう考えても矛盾であり、このこと自体が大石寺の「本門戒壇の大御本尊」なる板本尊が日蓮の造立ではなく、後世の偽作であることを証明していると言える。

戒壇の建立について「三大秘法抄」では

 

「戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是なり」(平成新編御書全集p1595)

--戒壇とは、王法(政治)と仏法が冥合して、天皇から万民に至るまで、本門の三大秘法の仏法を持ち、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を今の末法の世に移したような時代が到来した時、勅宣並びに御教書を授かって、釈迦如来在世の霊山浄土に似たような最勝の地に戒壇を建立すべきである。その広宣流布の時を待つべきである。これが事の戒壇である--

 

と書いてあり、この定義によれば、日蓮が遺命した「事の戒壇」は、日蓮の仏法が広宣流布する日に建立されることになる。

そうすると本門戒壇の願主は、天皇であるとも言えるし、時の信者の総代表者であるとも言える。

しかし日蓮正宗では、正本堂建立の時、時の信者の総代表者である法華講総講頭・創価学会会長の池田大作氏を願主ではなく、発願主とした。願主になったのは、時の法主である66世細井日達であった。

 

こう言うと日蓮正宗では、「『本門戒壇の大御本尊』を御安置する堂宇が本門事の戒壇だ」などと言ってくるが、仮に日蓮正宗が言うように、本門事の戒壇を「本門戒壇の大御本尊」なる板本尊を祀る堂宇だと定義しても、話しは同じである。

日蓮在世の時代に、本当に「本門戒壇の大御本尊」が造立されていたとすれば、その願主は、農民信者ではなく、僧階最上位の六老僧のいずれかになっていなくてはならないはずである。

これは日蓮7回忌の1288(正応元年)68日に造立され、現在、東京・池上本門寺大堂に祀られている「日蓮聖人御尊像」と呼ばれている日蓮木像の願主が六老僧の日持と中老・日浄となっていることによって証明される。絶対に架空の信者ではない。

池上大堂・日蓮2

 

(池上本門寺発刊『霊寶殿』に載っている池上本門寺大堂・日蓮祖師像の写真)


したがって、どこをどう検証しても、どこをどう突いても、「本門戒壇の大御本尊」なる板本尊の授与書に書いてある「本門戒壇の願主」の名前が、架空の人物になっていること自体が、矛盾である。このことが「本門戒壇の大御本尊」なる板本尊が後世の偽作である証拠なのである。

 

 

戒壇大本尊は後世の偽作だ(165)~「本門戒壇の願主」が架空の人物になっていることが後世の偽作である証拠

■検証165・「願主弥四郎国重」の説が法主によってバラバラなのは「本門戒壇の大御本尊」が後世の偽作である証拠だ4

 

□「本門戒壇の願主」が架空の人物になっていることが「本門戒壇の大御本尊」が後世の偽作である証拠

 

「本門戒壇の大御本尊」なる板本尊の授与書に「本門戒壇の願主・弥四郎国重」と書いてある、その弥四郎国重なる人物が、架空の人物であることは決定的であり、このことは日蓮正宗や創価学会も認めていることである。

「本門戒壇の大御本尊」なる板本尊の授与書に、弥四郎国重という架空の人物が「本門戒壇の願主」として書いてあることは、どう考えても矛盾である。

 

もし本当に弘安二年十月に日蓮が「本門戒壇の大御本尊」なる板本尊を造立したとするならば、

一般的に、僧侶社会の常識で言うならば、「本門戒壇の願主」になるべき人物は、架空の人物ではなく、僧階最上位の六老僧のいずれかになっていなくてはならないはずである。

これについては過去に事例がある。

 

日蓮7回忌の1288(正応元年)68日に、彫刻したと伝承されている「日蓮聖人御尊像」と呼ばれている日蓮木像が、東京・池上本門寺の大堂に格蔵されている。この日蓮木像(祖師像)は、国の重要文化財に指定されている木像である。

この日蓮木像(祖師像)の願主は、架空の人物ではなく、六老僧の日持と中老・日浄となっていて、さらにこの日蓮木像(祖師像)の側面に刻銘されている文によると、「大別当 大国阿闍梨日朗/大施主 散位大仲臣宗仲」と書いてある。

つまり池上本門寺の大別当(貫首)は、六老僧第二の大国阿闍梨日朗であり、日蓮木像(祖師像)の願主は六老僧第六の日持、そして池上本門寺の寺域を寄進した在家・檀那の池上宗仲は、大施主となっているわけである。

 

日蓮正宗では、創価学会をはじめ法華講などの寄進によって、「本門戒壇の大御本尊」なる板本尊を祀る「本門事の戒壇」である堂宇として、1972(昭和47)年に大石寺境内に正本堂を落慶させている。この正本堂の願主は、架空の人物ではなく日蓮正宗大石寺66世細井日達法主であり、発願主は、当時、法華講総講頭だった池田大作氏であった。

66世日達・池田大作1


したがって、どう考えても、「本門戒壇の願主」に架空の人名が書いてあるのは矛盾である。

 

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戒壇大本尊は後世の偽作だ(164)~弥四郎国重・架空人物説は日蓮一門に弥四郎国重という人物はいなかった証拠

■検証164・「願主弥四郎国重」の説が法主によってバラバラなのは「本門戒壇の大御本尊」が後世の偽作である証拠だ3

 

□弥四郎国重・架空人物説は日蓮一門に弥四郎国重という人物はいなかった証拠

 

確実に言えることは、日蓮一門の中に「弥四郎国重」という人物は、存在していなかったのである。そんな存在していなかった人物が願主になっている本尊とは、一体、いかなるものであろうか。

実在していない人物が「願主」になっているというのは、この「本門戒壇の大御本尊」なる板本尊がまさに後世の偽作であることの馬脚が現れているということに他ならない。

 

ところが日蓮正宗としても、実在していない人物が「本門戒壇の大御本尊」なる板本尊の「願主」になっているという事実は、まことに不都合であるということなのだろう。

「本門戒壇の大御本尊」なる板本尊がまさに後世の偽作であることの馬脚が現れている、実在していない人物・弥四郎国重が「本門戒壇の願主」になっていることを、言い繕うために日蓮正宗が苦肉の策として発明したものが「弥四郎国重・架空の人物説」なるものである。

日蓮正宗の僧俗、特に末寺住職の中に、この「弥四郎国重」について、公然と「架空の人物」説を唱える者がいる。つまり彼らが曰く

「本仏・日蓮大聖人さまは、最初から架空の人物を願主にして、本門戒壇の大御本尊を建立なされた」

などというのである。この「弥四郎国重・架空の人物説」というのは、近年になってさかんに唱えられているようだが、これを日蓮正宗で初期に言い出した一人が、創価学会二代会長・戸田城聖氏なのである。(創価学会発行『戸田城聖全集』より)

戸田城聖2

 

 しかしこの「弥四郎国重・架空の人物説」も全く矛盾しているのである。

もしこの「弥四郎国重・架空の人物説」が本当なら、日蓮の御書か消息文か、もしくは伝説か、何らかの形で「架空の人物説」が文献に伝わっているはずであるが、そういうものは日蓮正宗の過去の正式文献の中には全くない。

また「架空の人物説」が真実なら、日蓮正宗大石寺17世法主日精が「波木井実長の長男説」など唱えるわけがないし、59世法主堀日亨が「弥四郎国重はどこの誰だかわからない」などと言うはずがない。又66世法主細井日達が「神四郎説」を唱えるはずがないではないか。

 したがってこの「弥四郎国重・架空の人物説」も、口八丁手八丁の強者・戸田城聖氏の編み出したハッタリであることがわかる。こういうバカげた架空人物説をそのまま、日蓮正宗の末寺住職がそのまま踏襲して信者に説法しているというから、いささか驚いてしまう。

 

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戒壇大本尊は後世の偽作だ(163)~日蓮正宗として公式に特定できない「本門戒壇の願主」弥四郎国重

■検証163・「願主弥四郎国重」の説が法主によってバラバラなのは「本門戒壇の大御本尊」が後世の偽作である証拠だ2

 

□日蓮正宗として公式に特定できない「本門戒壇の願主」弥四郎国重

 

日蓮正宗の正式文献の中で、この本門戒壇の願主弥四郎国重の人物伝に触れたのは、日蓮正宗大石寺17世法主日精である。17世日精は自らの著書・家中抄の中で

「地頭は南部六郎光行の次男実長なり、その嫡子弥四郎国重と申す。是れ即本門戒壇の願主なり」(堀日亨編纂『富士宗学要集第5巻』宗史部より)

と言っている。すなわち17世日精は「弥四郎国重」は、身延山の地頭・波木井実長の長男であると言っているのである。波木井実長が日蓮一門の中での大檀那であることは、日蓮の事跡を少しでも学んだことのある人であれば、知らぬ者はいない。

 

この波木井実長は、弘安二年十月には、まだまだ健在であった。17世日精は、この波木井実長をさしおいて、長男の「弥四郎国重」を「本門戒壇の願主」に仕立て上げているが、この「弥四郎国重」なる人物は、波木井実長の実子にはおらず、また日蓮の御書にも、日興の「弟子分帳」や消息文などの、どこにも見当たらない。

そんな人物は存在していないのである。つまり17世日精のでっち上げた空想の長男なのである。

それゆえに、日蓮正宗大石寺59世法主・堀日亨は

「弥四郎国重の事、依拠を知らず」(『富士宗学要集』5p215

と言っている。すなわち日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨は、17世法主日精の説を否定して

「弥四郎国重という人物は、どこの誰だかわからない」

と言っているのである。これだけで二人の大石寺法主が全く正反対のことを言っているということに気がつくはずだ。これ自体が特筆すべきことだが、これだけでも、「弥四郎国重」という人物は、日蓮一門の中に存在していない、ということが明らかになる。

 

ところが他宗派から弥四郎国重の事跡について鋭く追及された日蓮正宗大石寺66世法主細井日達は、今度は著書「悪書『板本尊偽作論』を粉砕す」の中で

「其の対告衆弥四郎国重殿を熱原に求めれば、当時の信徒中、弥四郎の名は幾人かあったことは記録によって明らかであるが、最も此の場合、該当せられるのは、神四郎兄弟であって、むしろ神四郎が弥四郎であったと断定するのが至当である」 (p19)

などと、これまた奇妙なことを何の証拠も示さずに述べているのである。

66世日達・池田大作1


すなわち、日蓮正宗大石寺66世法主細井日達は「弥四郎国重」は、熱原の法難の所謂『三烈士』(神四郎・弥五郎・弥六郎という熱原農民の三兄弟)の一人、神四郎のことであると言い出したのである。 さらに細井日達は同書の中で

「大聖人は『熱原の法難』の時、百姓たちの不退転の姿に『御感あって』本門戒壇の大御本尊を建立した」

などと言っているが、「熱原の法難」で「農民たちの不退転の姿」が日興から日蓮に報告されたのは、日蓮が執筆した御書「聖人等御返事」によれば、弘安二年十月十七日のことである。この五日前の「本門戒壇の大御本尊」を建立したとする弘安二年十月十二日には、日蓮はまだ「御感あって」どころではなかった。 このように細井日達のいう神四郎説には、弘安二年十月十二日の本門戒壇の大御本尊の願主となる時間的な条件が成立しないし、なにをもってしても神四郎と「弥四郎国重」という異名を結びつける証拠が、どこにもないのである。

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