アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ

正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」。創価学会や顕正会は勿論の事、その本家本元の日蓮正宗自体も「目くそ鼻くそを笑う」的なものだ。創価学会、SGIや冨士大石寺顕正会、正信会、その他の分派団体……これらの親元・生みの親・育ての親・本家本元は、日蓮正宗です。 伝統仏教の仮面をかぶり、国際人権規約(条約)違反の人権侵害を行い、信教の自由から逸脱した専横活動を行い、一般国民の信教の自由を踏みにじる弾圧を行うカルト宗教を規制する新立法・新条約制定を目指します。日蓮正宗、創価学会、顕正会をカルト宗教に指定して司法監視せよ。反日蓮正宗系活動はカルト宗教の専横・独裁・専政・弾圧に抵抗する現代の自由民権運動である。 (「日蓮七百遠忌大法会」終了後、記念撮影する大石寺67世阿部日顕ら日蓮正宗首脳僧侶と池田大作ら創価学会首脳・昭和56(1981)年10月17日付け聖教新聞)

創価学会を批判・反対・脱会しても仏罰も堕地獄も全くない

□正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」です
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/29372252.html
□反日蓮正宗・反創価学会・反顕正会・反正信会路線の「アンチ日蓮正宗」
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_695541.html
「仏教宗学研究会」とは「アンチ日蓮正宗」管理人が設立した会の名称。この会の中で、「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。富士門流執着軍団批判は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄だが、「日蓮正宗系」以外の富士門流寺院の調査・研究は「仏教宗学研究会のブログ」の管轄。「仏教宗学研究会」への誹謗中傷に対する反撃・糾弾は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」から、カルト宗教対策、カルト宗教取締特別立法、カルト宗教拡散防止条約制定の活動部分を独立させたものが「国際カルト宗教対策委員会(Icat-Cult)」
□「アンチ日蓮正宗」「Icat-Cult」「仏教宗学研究会」は表裏一体の同体」
http://international-committee-against-cult.doorblog.jp/archives/1655529.html
□「国際カルト宗教対策委員会・公式ブログ」
http://international-committee-against-cult.doorblog.jp/
□「アンチ日蓮正宗」の5番目の批判ターゲットに「富士門流執着軍団」を指定
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/38818720.html
□「アンチ日蓮正宗」の基本方針・基本政策・メインテーマ
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1081721.html

□日蓮正宗とは伝統仏教の仮面をかぶるカルト・宗教詐欺集団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1155403.html
□創価学会は伝統仏教の仮面をかぶるカルト・謀略政治団体である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_622031.html
□冨士大石寺顕正会とは伝統仏教の仮面を被るカルト・暴力集団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_496386.html
□妙観講とは伝統仏教の仮面をかぶるカルト・謀略集団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_690733.html
□日蓮正宗正信会とは日蓮正宗の仮面をかぶる創価学会の分派である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_496387.html
□「富士門流執着軍団」とは伝統仏教の仮面を被る謀略軍団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1055717.html
□日蓮正宗・創価学会・顕正会・正信会は同じ穴の狢・同罪である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_174276.html
□日蓮正宗管長・代表役員・大石寺法主への離檀宣告書の書式
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/30268020.html
□日蓮正宗からの離檀1(離檀届)
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17606850.html
□創価学会からの脱会1(脱会届)
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17607967.html
□冨士大石寺顕正会からの脱会1(脱会届)
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17611881.html
□正信会からの脱会1(離檀届)
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17613697.html
□日蓮正宗批判・創価学会批判・顕正会批判は他のカルト宗教批判と構造が異なる
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/33730660.html
□「アンチ日蓮正宗」は永世中立・非同盟・不偏不党・自主独立機関
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_689583.html
□アンチ日蓮正宗・コミュ・ブログ・管理人
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_613423.html
□「アンチ日蓮正宗」の主宰者・管理人は無宗教である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/9893862.html
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/9911806.html
□「アンチ日蓮正宗」はいかなる団体・宗派も支持しない・連合しない
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/10655360.html
□「アンチ日蓮正宗」は単なる数合わせの政治的野合・連合体をめざさない
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/35069469.html
□「『アンチ日蓮正宗』の内容は正確で、問題の本質をとらえている」と日蓮正宗の現役信者・元信者が認めている
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/12617039.html
□「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」管理人の自叙伝
「実録・となりの創価学会員・法華講員」
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_610577.html
<注意事項>
□「アンチ日蓮正宗」の全ての記事・写真等の無断転載、無断使用、無断複製、無断模倣は厳禁です
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/17463344.html
□「「3ブログ」は言論の自由・表現の自由のサイトであり名誉毀損・誹謗中傷・業務妨害サイトではない」
http://bukkyoshugakukenkyukai.doorblog.jp/archives/49127458.html
□「ニセhide」「ニセアンチ日蓮正宗」の謀略にご注意下さい
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1186234.html
□英昭彦以外の者が他のインターネットサイト・SNS・他の著作物等で「アンチ日蓮正宗」管理人「hide」を名乗ることを厳禁する

□日蓮正宗系カルト対策とオウム・統一教会・幸福の科学等のカルト対策は別個である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/30040491.html
□「日蓮正宗系」離檀・離宗・脱会確認後、最低5年間は『様子見期間』とさせていただいています
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/43144396.html

<協力要請>

□「日蓮正宗系」カルトを離檀・離宗・脱会された方々へ情報提供・内部告発の協力要請
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/43712967.html
<ご相談>
□御相談は全て管理人の電話にて受け付けていますので電話をお願いします
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/42053605.html
□管理人の連絡先
(mobile)
080-6553-2774
anti-nichirenshoshu@ezweb.ne.jp
(telephone)
03-6325-6401
(FAX)
03-6325-7926
(PC)
anti_nichirenshoshu@jcom.zaq.ne.jp
(管理人名)英昭彦(hide_akihiko)

創価学会とは全く別世界の私に全く説得力がなかった創価学会員たちの仏罰論PART2

□池田大作スピーチ・聖教新聞に載っている創価学会員の交通事故死や40代・50代での死去

 

祖母の母親である曾祖母・松本いの(仮名)は、明治12(1879)年生まれで、昭和44(1969)90才で死去。松本いの(仮名)は、実の娘である私の祖母が住む、私の実家にしょっちゅう来ていて、祖父母、父母、私と妹の他に松本いの(仮名)がいたので、7人家族のようになっていた。松本いの(仮名)も昭和43(1968)89才で自力歩行ができなくなり、私の実家で寝たきり生活をしていた。松本いの(仮名)が死去したとき、私は小学生で、葬儀・火葬にも出席したが、棺の中で合掌し、真っ白な顔で寝ていた記憶が残っている。祖父の母親の曾祖母・坂本そと(仮名)は、慶応元年(1865)生まれで、昭和28(1953)88才で死去している。坂本そと(仮名)の死去した時は、私が生まれるはるか前のことだが、私の父親が坂本そと(仮名)にかわいがられていたようで、父親がよく坂本そと(仮名)の話しをしてくれた。坂本そと(仮名)は、北陸線が開業する以前、徒歩で倶利伽羅峠を渡って、富山県まで行商に行っていたという。北陸線の金沢- 高岡間が延伸開業し、津幡駅・石動駅・福岡駅が開業したのが1898年(明治31年)のことだから、それよりももっと前。坂本そと(仮名)20才台だったころのことと思われる。今の日本人女性の平均寿命は90才近くになっているが、昭和28年当時、日本人女性の平均寿命は、まだ70才にも到達していなかった。

□戦後昭和史・男女別平均寿命と老衰死亡率

http://shouwashi.com/transition-longevity.html

そんな時代に、88才まで生きたのだから、かなりの長寿だったのではないかと思われる。

私の父親は4人兄弟なのだが、父親の姉は1997(平成9)年に66才で病死。父親の妹は、幼児期に病死。昭和19(1944)生まれの、私の父親の弟は、今も健在である。このように私の親族は、80才台、90才台の長寿を全うした人がたくさんいる。父親の姉が66才で病死、父親の姉の長男が55才で死去しているが、これは極めて稀な例である。55才や66才は平均寿命以下だと言うかもしれないが、それでも58才で死去した創価学会二代会長・戸田城聖や四代会長・北条浩よりは長生きしている。創価学会四代理事長・原島宏治が55才で死去しているので、父親の姉の長男の55才での死去は、これと同年齢ということになる。

1984(昭和59)年、創価学会三代会長で創価学会の最高支配者・池田大作の次男・池田城久氏が29才の若さで急死。死因は胃穿孔であった。池田城久氏の急死はあの当時、一般新聞にも有名人の訃報として載ったくらい。創価学会員にも大きな衝撃を与えた事件だった。それどころか、創価学会の機関紙・聖教新聞には、創価学会員が不慮の事故死をした事例や早死した創価学会員の事例が載っているから驚きである。1988(昭和63)89日付け聖教新聞に載っている第1回未来部総会での池田大作スピーチで、こんな話しが載っている。

「さて夏休みに入ると毎年のように、若き大切な友が、交通事故で亡くなったという報告を受けることがある。我が子を亡くした父母の嘆きは、いかばかりであろうか。また私どもにとっても、若い大切な仏子をなくし、後継の逸材を失った悲しみは深く大きい。…創価大学8期生の○○△君が、オートバイ事故で亡くなった。享年27才であった。またつい先ごろの727日には、創価高校一年生の□□××君が、道路を横断中に事故にあい、死亡した。わずか15才であった。」

 

続きを読む

創価学会とは全く別世界の私に全く説得力がなかった創価学会員たちの仏罰論PART1

□「死ぬ時は真っ黒の相で死ぬ」世界とは現実世界とは全く無関係の別世界の話しである

 

「狂気の福寿荘(仮名)」「溝口個人会館(仮名)・溝口工務店(仮名)」「喫茶店・コンパウンド(仮名)」から「ポンタツ(仮名)」、小矢木隆(仮名)の「劇団N」の鍋宴会等で創価学会員たちが、私に熱っぽく折伏をやり、創価学会への入信を拒否する私に対して、ムキになってやれ仏罰だの堕地獄だのと、脅迫的教学を説いていたが、そんなものは私にとっては何の説得力もなく、私の心には全く響かなかった。彼ら創価学会員たちは、かなり強引・執拗な折伏・布教活動をやり、私の実家の宗派が浄土真宗大谷派だと知ると、例によって彼ら創価学会員たちは、「念仏無間地獄」だの「念仏堕地獄」「死ぬ時は真っ黒の相で死ぬ」「真っ黒の死相で死ぬのが、地獄の死相だ」等を説く。

私の子どものころから1980年代ぐらいのころまで、私の母親が立正佼成会の金沢教会に通っていたのだったが、こういうところまで突いて、創価学会員たちは「新興宗教をやっていると不幸になる」などと脅迫してくる。さらに創価学会員たちは、「創価学会員は諸天善神に守護されるが、念仏や立正佼成会は絶対に諸天善神に守護されない。不幸になる。早死にする」などと、超独善的な脅迫をしてきたが、これらも私にとっては全く説得力がなく、私の心には何ら響くものがなかった。「早死にというのは、いつ死ぬというのか」と創価学会員たちに尋ねると、「30代から40代で死ぬのだ」という創価学会員。私の祖父、祖母、父母、祖父の兄弟、祖母の兄弟、父親の兄弟、母親の兄弟を見ても、30代から40代で早死にした人は一人もいない。

私の祖父は明治36(1903)生まれで、昭和57(1982)で死去したので、79才まで生きた。21世紀の現代は、男性でも平均寿命が80才を超えているらしいのだが、昭和50年代のころは、日本人男性の平均寿命はまだ70才台だった。それよりも何よりも、私の祖父は19311945年の日中戦争(満州事変~日華事変)で、旧日本軍兵士として三度、中国大陸に出征した経験があるが、ケガひとつせず、無傷で日本に復員した。もともと祖父は、私の実家から近い所にある、地元の造り酒屋に50年以上勤務し、昭和44(1969)66才で隠退し、隠居。祖父が若かりしころは、日本に社会保障も厚生年金も国民年金もなかったが、旧日本軍兵士とし中国大陸に出征した経験があったので、軍人恩給を受給していた。これが実質的な年金替わりになっていた。

私が小学生のころ、すでに祖父は造り酒屋を定年退職し、実家で隠居生活をしていたが、祖父はよく小学生だった私に、中国大陸に出征した戦争体験を、よく聞かせてくれていた。私が小学校から実家に帰ると、祖父がいたので、祖父と私の会話は、ほとんどが祖父の戦争体験だった記憶が残っている。祖父がよく語っていたのは、中国兵が撃った銃弾が祖父の足下で炸裂したことがあること。又あるときは、中国兵が撃った銃弾が祖父がかぶっていたヘルメットをわずかに、かすったことがあること。日本兵一人で歩くと、中国兵に狙われてしまうので、外を歩くときは常に二人で歩いたこと。座るときは、背中を壁に当てて座ったこと…、等々であった。明治生まれの祖父は、ヘルメットのことを「鉄かぶと」、銃のことを「鉄砲」、空爆・爆撃のことを「空襲」、駅のことを「停車場」、ベルトのことを「バンド」、中国のことを「支那」、バイクのことを「単車」、軍隊の兵士のことを「兵隊」、華北のことを「北支」、列車のことを「汽車」、イケメンのことを「色男」、戦争のことを「いくさ()」、サングラスを「色メガネ」、コピーをすることを「焼く」、金持ちのことを「財閥」と呼んでいた。

 

続きを読む

隣の学会員・法華講員(145)~地獄に堕ちることなく順調に事業を発展させて後進に道を譲った創価学会未入信の社長

■地獄に堕ちることなく順調に事業を発展させて後進に道を譲った創価学会未入信の社長

 

あの当時は、好景気の波に乗ってポンタツ(仮名)は、東京本社からKY営業所、GK営業所、SI営業所、TK営業所など、ぞくぞくと業務拡張。腕利きの営業マンを他社から派手に引き抜いたりもしていた。本社の田所常務(仮名)と千田営業部長(仮名)が創価学会員で、千田営業部長(仮名)に至っては、一家で会社の家族寮に住んだ上に、大声で朝から勤行をはじめ、他の社員から苦情を頻発させるほどのガチ信者。そんなガチ信者を大手商社から引き抜いて営業部長に抜擢するほどだから、最初、私はポンタツ(仮名)の梅宮社長(仮名)は、創価学会員か、創価学会関係者なのかなと思っていた。加えて梅宮社長は、朝の朝礼で「人生は一度しかない。その一度しかない人生をムダに生きてはいけない」というような話しをする。どことなく創価学会幹部の指導によく似た話しをするので「この人も創価学会員なのかな」という疑いの目のほうが強くなった。

しかしあとでわかったことなのだが、この梅宮社長(仮名)は創価学会員でも何でもない、一般の人。なぜこれがわかったのかというと、あの当時、本社の経理事務をやっていた森田弘(仮名)と仲が良く、社員旅行などで気があってから、よく話しをするようになった。あの当時、ポンタツ(仮名)の経理室は社長室のすぐ隣にあり、社長室では取締役会や営業部長会などの幹部会が開かれていた。加えて、この森田弘(仮名)は梅宮社長(仮名)のいとこにあたる人物。というわけで、森田弘(仮名)と話しをしていると、会社の内部情報がどんどん森田弘(仮名)経由で私の耳に入ってきた。

その中で、森田弘(仮名)は田所常務(仮名)と千田営業部長(仮名)は創価学会員だが、梅宮社長(仮名)は創価学会員ではないと断言していた。

私と森田弘(仮名)は、あの当時、私が所有していたポンコツ軽自動車に乗って千葉県の海に出かけたり、あるいは社用で森田弘(仮名)Y営業所に来たときや、私が社員旅行や忘年会などの行事で東京本社に行ったときなどは、二人で繁華街に呑みに行ったこともあった。

その東京の繁華街で二人で呑みに行った時のこと。さあこれから帰ろうか、ということになると、何と森田弘(仮名)が、これから梅宮社長(仮名)宅に行って、二人で泊まろうなどと言い出した。えーっ?社長宅で泊まる?これには驚いたのだが、あの当時、森田弘(仮名)は千葉県に在住。私はY市の料理屋「畑」(仮名)の二階に住んでいた。二人で東京で呑んだ帰り、タクシーで帰るとなると、ずいぶんとタクシー代がかかる。そこで森田弘(仮名)は、私と二人で呑みに行った帰りであることを全て承知の上で、一晩だけ社長宅に宿泊することを、梅宮社長(仮名)から承諾を得ているのだという。社長宅に宿泊するとなると、だれでも気が引けてしまうと思うのだが、呑みに行った帰りに森田弘(仮名)にそこまで言われては、引き返すわけにもいかない。そこでその日は森田弘(仮名)の言うとおり、社長宅に宿泊することになった。

 

続きを読む

隣の学会員・法華講員(141)~日蓮正宗や創価学会批判をしても不幸にならず地獄にも堕ちていない営業課長や営業マン

■日蓮正宗や創価学会批判をしても不幸にならず地獄にも堕ちていない営業課長や営業マン

 

富岡敏夫(仮名)は株式会社ポンタツ(仮名)Y営業所で、15人前後の営業マンを統括する営業部長。Y営業所所長の田所常務(仮名)が創価学会員。配下の大橋義男(仮名)営業課長や新規顧客開拓専門の営業マン・川尻光男(仮名)は「アンチ創価学会」。

大橋義男(仮名)営業課長は、中東商事(仮名)で富岡敏夫(仮名)といっしょに仕事をしていた営業マン。富岡敏夫(仮名)が中東商事(仮名)からポンタツ(仮名)に移ったと同時に、大橋義男(仮名)も同じように中東商事(仮名)からポンタツ(仮名)に移った。つまり富岡敏夫(仮名)の後についてきたわけである。こういったことも、富岡敏夫(仮名)の社内での「株」が上昇した理由のひとつである。

大橋義男(仮名)も、営業マンとしての実績は抜群。富岡敏夫(仮名)と二人で、いくつもの中東商事(仮名)の得意先を、ポンタツ(仮名)の得意先にしてしまうという離れ業もやってのけた。さらに大橋義男(仮名)は、外食産業のメニューやポスターを手書きで仕上げてしまうと言う特技をもっていた。

営業所の事務所では、しょっちゅう手書きポスターの筆を走らせている。

それで営業上の実績もあわせて、これまたポンタツ(仮名)に入社して1年足らずで営業課長に特進。自宅からY営業所まで社用車で通勤できる特権を持っていた。

この人も富岡敏夫(仮名)と同じように東京N区に一軒家を持ち、妻子と両親を養っているマイホームパパ。この人、一見するとどことなく七福神によく似た人である。

大橋義男(仮名)営業課長も富岡敏夫(仮名)営業部長と同じように「アンチ創価学会」の人。社内で缶ビールの宴会がはじまると、まず富岡営業部長(仮名)の独断場になってしまうのだが、富岡営業部長(仮名)が創価学会批判の説教をはじめると、大橋義男(仮名)営業課長は仕事の話し以上に共感を示す。大橋義男(仮名)はふだん口数の少ない人であることもあり、大橋義男(仮名)がどうして「アンチ創価学会」の人になったのか、について詳しい経緯はわからない。

ただし、仕事上の実績は抜群であり、社長をはじめ上層部もこれは高く評価している様子。加えて東京N区に一軒家を持ち、妻子と両親を養うマイホームパパであり、年齢がすでに50才を超える年齢であったために、子どもさんはすでに成人して、会社に就職しているとのこと。「孫の顔が見たい」ということも話していた。だからこの人も、私から見て、普通に幸せな人生を送っている人に見える。宗創和合時代の「アンチ創価学会」の人だからということで、不幸になったり、地獄に堕ちた姿になったということは、全く感じられない。ただ、この人の場合、性格があまり良い人ではないことが難点。だから人柄的には、好感できる人物ではなかった。

 

この富岡敏夫(仮名)営業部長や大橋義男(仮名)営業課長と常日頃からいっしょにくっついていた営業マンが川尻光男(仮名)で、この男も「アンチ創価学会」。川尻光男(仮名)は、一見してなかなかイケメンな男で、あの頃としてはまだ珍しかった「真ん中分け」で少しパーマがかかった髪型。

笑った顔は俳優の草刈正雄氏によく似た感じに見えるが、怒った顔が宇宙人・ラージノーズグレイに実によく似ている。

グレイ1 

続きを読む

隣の学会員・法華講員(140)~日蓮正宗・創価学会が説く死生観・人生観を完全否定していた「アンチ創価学会」の営業部長

■日蓮正宗・創価学会が説く死生観・人生観を完全否定していた「アンチ創価学会」の営業部長

 

熱心な創価学会員だった富岡敏夫(仮名)は、愛知指導に来ていた創価学会最高幹部・柏原ヤスと意見衝突。その場で創価学会退会宣言し曼荼羅本尊を投げ捨てて東京へ上京。西洋商事(仮名)の辣腕営業マンとして実績を重ね、主任、営業係長、営業課長代理、営業課長、営業次長、営業部長、取締役と昇進。夫婦・子ども5人・夫人の両親の一家9人を養った上に、東京N区に一軒家を建てた。さらにその上に東南アジア・買春ツアーに出かけるほど豪遊を重ねられるくらいに、高額な給与所得を得ていた。

ところが富岡敏夫(仮名)は、西洋商事(仮名)取締役だった社長のドラ息子と意見衝突。これで数百万円の退職金を手にして退職。中東商事(仮名)に入った。しかしこれでも富岡敏夫(仮名)の運気は全く衰えなかった。中東商事(仮名)でも辣腕営業マンとして実績を積み重ね、主任、営業係長、営業課長代理、営業課長、営業次長、営業部長、取締役へと昇進した。

ところが中東商事(仮名)で内紛があり、今度は中東商事(仮名)のライバル会社であるポンタツ(仮名)に入社。ポンタツ(仮名)では、これまでの営業マンとしての実績を買われて、入社後、わずか1年足らずで営業部長に昇進した。一見して、一度、転落したように見えても、再び富岡敏夫(仮名)という人は、自力で這い上がってきたというわけである。

だから富岡敏夫(仮名)営業部長の説教話は、どうやったら営業の実績を上げられるかとか、あるいは給料がどうやったら上がっていくのか、といった説教話しが多い。辣腕営業マンとして数多くの実績を積み重ねてきた自負があったと思われる。

それともう一つは、日蓮正宗や創価学会が説いている宗教的な人生観・価値観の完全な否定である。例えば、「死ぬときは、周囲の人から『あの人はさんざん遊んできた人だから、今生は満足して死んだのだろう』と言われて死にたい」と言う。これは日蓮正宗や創価学会が説いている成仏観・宗教的死生観を完全に否定している。

あるいはこうも言う。「本当の友人とは、自分が本当に苦しいとき、必要なときに数百万円のカネをポンと貸してくれる人。そういう人が本当の友人と呼べる人なのだ。私には、いざというときに数百万円のカネをポンと貸してくれる友人が23人いる」。

これも私に言わせれば、日蓮正宗や創価学会で説いている教説の否定である。つまりどういうことかというと、友人というのは宗教団体や宗教者が言う「お友達」ではなく、いざというときにカネを貸してくれるかどうか。いざというときに本当に力になってくれるかどうか。富岡敏夫(仮名)が言う「力になる」という言葉の意味は、カネを貸すとか、現実的、物理的な側面を指している。つまりカネの繋がりが濃厚な関係が本当の「友人」だという理論。富岡敏夫(仮名)営業部長は「人間関係はカネである」と極論する。そして同時にこれは、日蓮正宗や創価学会のような信徒団体の中の繋がりによる人間関係は、「そんなものは友人ではないのだ」と否定しているわけである。

学会本部別館1 

続きを読む
メッセージ

名前
メール
本文
記事検索
最新記事(画像付)
最新コメント
livedoor プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
  • ライブドアブログ