アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ

正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」。創価学会や顕正会は勿論の事、その本家本元の日蓮正宗自体も「目くそ鼻くそを笑う」的なものだ。創価学会、SGIや冨士大石寺顕正会、正信会、その他の分派団体……これらの親元・生みの親・育ての親・本家本元は、日蓮正宗です。 伝統仏教の仮面をかぶり、国際人権規約(条約)違反の人権侵害を行い、信教の自由から逸脱した専横活動を行い、一般国民の信教の自由を踏みにじる弾圧を行うカルト宗教を規制する新立法・新条約制定を目指します。日蓮正宗、創価学会、顕正会をカルト宗教に指定して司法監視せよ。反日蓮正宗系活動はカルト宗教の専横・独裁・専政・弾圧に抵抗する現代の自由民権運動である。 (「日蓮七百遠忌大法会」終了後、記念撮影する大石寺67世阿部日顕ら日蓮正宗首脳僧侶と池田大作ら創価学会首脳・昭和56(1981)年10月17日付け聖教新聞)

百六箇抄は京都要法寺・日尊門流の偽作ではない

□正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」です
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百六箇抄は9世日有の偽作だ(126)~「百六箇抄」末文は「百六箇抄」・京都要法寺・日尊門流偽作説の証拠ではない

■検証126・「富士門流執着軍団」や東佑介氏らの「百六箇抄」京都要法寺偽作説は誤りである19

 

□「百六箇抄」末文は「百六箇抄」・京都要法寺・日尊門流偽作説の証拠ではない

 

「百六箇抄」要法寺偽作説の根拠になっているものに、「百六箇抄」の末文

「右件の口決結要の血脈は聖人出世の本懐・衆生成仏の直路なり。上人御入滅程無く聖言朽ちず符号せり。恐る可し一致の行者、悪む可し獅子身中の虫なり。建治三年壬八月十五日聖人曰く日蓮が申しつる事ども世間出世間共に芥爾計りも違せば、日蓮は法華経の行者に非ずと思ふ可し云々。未来世には弥よ聖言符合すべしと之を覚知せよ貴し貴し云々。

設ひ付弟たりと雖も新弘通所建立の義無くんば付属を堅く禁じ給ふ者なり。然る間玉野太夫法印は王城の開山・日目弘通の尊高なり。花洛並に所々に上行院建立有り云々。仍って之を授与するのみ。正和元年壬子十月十三日               日興日尊に之を示す

右件の口決結要本迹勝劣は唯授一人の口決なり。然るに畠山の本覚法印日大、佐々木豊前阿闍梨日順は同位主伴の聖人なり。馬来、平田、東郷、朝山等在々所々に上行院を建立せしむるなり。都々等に於いて日尊数輩の学匠之れ有り。然りと雖も功力に依って之を付属す。

王城六角上行院の貫主日印、学匠惣探題日大、世出世の拝領並に中国西国等の貫主日頼と定め畢ぬ。康永元年壬午十月十三日                日尊・日大日頼に之を示す」

(「百六箇抄」大石寺59世堀日亨編纂『富士宗学要集』1p2425)

百六箇抄9(末文)
 

を挙げるものがある。つまりこれは、最後の末文が、要法寺によって加筆されたものであるから、「百六箇抄」全体が、要法寺の偽作であるとするものである。しかしこれは誤りである。

というのは、最後の末文が、要法寺によって加筆されたものであるから、「百六箇抄」全体が、要法寺の偽作であるとは、あまりにも拙速すぎるもので、あまりにも根拠が乏しすぎる。本文は本文、末文は末文であって、それぞれを具に検証した上で証拠・根拠に則って結論を導き出すべきであり、この説は、論の組み立て方に問題があると言わざるを得ない。

「百六箇抄」最後の末文が、要法寺によって加筆されたものであるから、「百六箇抄」全体が、要法寺の偽作であるとは、決定づけることはできないのである。さてこの部分であるが、日蓮正宗は、他宗派の僧侶や学者らから「百六箇抄は偽書だ」と鋭い追及を受け続けていた。それらの批判・追及にとうとう日蓮正宗が抗しきれなくなり、ついに大石寺59世堀日亨が、「部分的に偽作だ」というところまでは認めざるをえなくなった。堀日亨は自らの著書の中でこう言っている。

「『三大秘法抄』に本門戒壇の重要最難の事項があるためか、後世の五老門下の多分は偽書と称しており、百六・本因の両相伝書をまた偽書といっておる。ただし、ぜんぜん偽書というに理由のないことでもない。それは、本因・百六の御相伝の現文が、反対者を圧伏するにたらざるところを補うた後人の註釈が、かえって他門より攻撃の基となっておる。それは高妙な道理より、むしろ平凡な史実がしかりである辺もある。また二箇相承の破文に『本門寺戒壇』の本門寺の寺号を、宗祖御在世に本門寺なし、重須の本門寺は御滅後十余年後に建立せられた史実により、形もない本門寺に戒壇を建つべしと仰せあるべきでなく、まったく富士一流の偽文書というのが、主要なまた多数者の難点である。これもまた、一応、ごもっとものことで、畢竟、富士のある方面人がみずから招いた禍(わざわい)で、いたし方もあるまい。」(堀日亨の著書「富士日興上人詳伝・下」p268)

下・百六本因偽書容認
 

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百六箇抄は9世日有の偽作だ(125)~左京阿闍梨日教(本是院日叶)が宣揚した教学は大石寺9世日有の教学そのものだ

■検証125・「富士門流執着軍団」や東佑介氏らの「百六箇抄」京都要法寺偽作説は誤りである18

 

左京阿闍梨日教(本是院日叶)が宣揚した教学は大石寺9世日有の教学そのものだ

 

日蓮本仏義、事の戒壇、本迹勝劣、釈迦如来像不造仏義、血脈相承、二箇相承、百六箇抄、産湯相承事等々の教義、相伝書を偽作したのは大石寺9世日有であり、京都要法寺・日尊門流ではない。その大石寺9世日有門下に1472(文明4)年ころから会下していた本是院日叶(左京阿闍梨日教)が書いた「百五十箇条」に出てくる日蓮本仏義、事の戒壇、本迹勝劣、釈迦如来像不造仏義、血脈相承、二箇相承、百六箇抄、産湯相承事等々は、日尊門流教学の影響ではなく、大石寺9世日有が唱えた教学である。本是院日叶(左京阿闍梨日教)は「百五十箇条」で

「常寂光土とは本門の戒壇。是は何処に有りや富士山とこそ伝え承れ…三箇の秘法を授け玉ふ。日興を白蓮と申すも日蓮と白蓮と同じ心なり」(「百五十箇条」大石寺59世堀日亨編纂「富士宗学要集」2p177)

常寂光土とは本門の戒壇
 

「此の戒壇こそ常寂光土なれ。本国土妙なり。…此の戒壇院は広宣流布の時御崇敬有り。最も六万坊を建立有るべしと。今法華行者の所居の土、常寂光土なり」((「百五十箇条」大石寺59世堀日亨編纂「富士宗学要集」2p220)

此の戒壇こそ常寂光土本国土妙なり
 

と、「本門戒壇」「事の戒壇」について説いている。「百五十箇条」の「常寂光土とは本門の戒壇。是は何処に有りや富士山とこそ伝え承れ…此の戒壇こそ常寂光土なれ。本国土妙なり。…此の戒壇院は広宣流布の時御崇敬有り。最も六万坊を建立有るべしと。今法華行者の所居の土、常寂光土なり」という「本門戒壇」が常寂光土であり、「此の戒壇院は広宣流布の時御崇敬有り」との文は、保田妙本寺・日要が大石寺9世日有の説法を筆録した「新池抄聞書」の文

「日有云く、また云く、大石は父の寺、重須は母の寺、父の大石は本尊堂、重須は御影堂、大石は本果妙、重須は本因妙、彼は勅願寺、此は祈願寺、彼は所開、此は能開、彼は所生、此は能生、即本因、本果、本国土妙の三妙合論の事の戒壇なり」(日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨の著書「富士日興上人詳伝」p294295/「富士日興上人詳伝・下」p84)

新池抄聞書1


新池抄聞書3
 

に出てくる、「本因、本果、本国土妙の三妙合論の事の戒壇」、すなわち大石寺9世日有が偽作した「戒壇の大本尊」を祀る堂宇が「事の戒壇」であるという教義と同趣旨である。この「事の戒壇」という教義は、日蓮が説いた三大秘法のひとつの「戒壇」とは、全く別個の戒壇であり、大石寺9世日有が独自に発明・偽作した教義である。この「事の戒壇」の教義は日尊門流には絶対にない。

後に本是院日叶(左京阿闍梨日教)

「三箇の秘法とは日蓮、日目と御相承し、…この三箇の秘法は当家の独歩なり」(左京阿闍梨日教『穆作抄』大石寺59世堀日亨編纂『富士宗学要集』2p257)

この三箇の秘法は当家の独歩なり
 

「此の三箇の秘法、余流に存知無きも道理なり」(左京阿闍梨日教の著書『類聚翰集私』大石寺59世堀日亨編纂『富士宗学要集』2p313)

三箇の秘法余流に存知無きも道理
 

と、「当家の独歩」「余流に存知無き」と宣揚している。左京阿闍梨日教が説いた「三大秘法」が、日蓮が説いた「三大秘法」あるいは日尊門流でも説いている「三大秘法」ならば、「当家の独歩」「余流に存知無き」等と鼓吹・宣揚するはずがない。

 

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百六箇抄は9世日有の偽作だ(124)~百六箇抄のキーパーソン・左京阿闍梨日教(本是院日叶) の正確な人物履歴はこれだ

■検証124・「富士門流執着軍団」や東佑介氏らの「百六箇抄」京都要法寺偽作説は誤りである17

 

百六箇抄のキーパーソン・左京阿闍梨日教(本是院日叶) の正確な人物履歴はこれだ

 

さまざまな史料や証拠などから、「富士門流執着軍団」の東佑介氏や犀角独歩氏らが唱えている本是院日叶(左京阿闍梨日教)の履歴・事跡に関する通説は誤っており、「百六箇抄」のキーパーソン・左京阿闍梨日教(本是院日叶)の人物履歴は書き改められなくてはならないということになる。正確な左京阿闍梨日教の人物履歴は、次のようになる。

□左京阿闍梨日教は、1428(正長1)年出雲生れ。はじめは、日尊門流の朝山妙蓮寺・日耀の門に入門して出家・得度。本是院日叶と名乗った。

□のちに京都の日尊門流の本山・住本寺(要法寺の前身)に登る。

1469(文明1)年、本是院日叶は、出雲の日耀等とともに、京都・日尊門流の本山・住本寺貫首(京都要法寺第10)日広の代官として、室町幕府に諫状を呈している。

1472(文明4)年ころ、本是院日叶は日尊門流から大石寺9世日有の門に会下したとされている。このときから1482(文明14)年の大石寺9世日有死去までの間に、僧名を本是院日叶から左京阿闍梨日教と改名した。

1480(文明12)年、本是院日叶の名前で著書「百五十箇条」を著す。ここで本是院日叶は、造仏不造、日蓮本仏義、事の戒壇、本迹勝劣等の教学を展開している。

1481(文明13)年、本是院日叶の名で京都・鳥辺山に日蓮の碑を建立。ただし、これには疑義がある。

1482(文明14)929日、大石寺9世法主日有が81才で死去。後継は大石寺12世日鎮が法主として登座。

1483(文明15)年、摂津国(大阪府)堺の調御寺住職・日乗に宗義相伝書を授与する。この日乗についての詳細は不明。調御寺開山の日乗とは別人と考えられる。

その後、日向国(宮崎県)に行く。

1484(文明16)17日、日向国(宮崎県)穆作の地で著書・「穆作抄」を著す。

その後、左京阿闍梨日教は日向国から大石寺に戻ったと伝えられている。

1487(長享1)1116日、著書・「四信五品抄見聞」を著す。

1488(長享2)111日、著書・「五段荒量」を著す。

1488(長享2)610日、著書・「類聚翰集私」を著す。

1489(延徳1)114日、著書・「六人立義破立抄私記」を著す。

□左京阿闍梨日教は、その後、大石寺から重須(北山)本門寺に移ったとされるが、詳細は不明。又、左京阿闍梨日教の寂年も不明である。

 

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百六箇抄は9世日有の偽作だ(123)~大石寺法主の血脈相承・百六箇抄のキーパーソン・左京阿闍梨日教(本是院日叶)

■検証123・「富士門流執着軍団」や東佑介氏らの「百六箇抄」京都要法寺偽作説は誤りである16

 

□大石寺法主の血脈相承・百六箇抄のキーパーソン・左京阿闍梨日教(本是院日叶)

 

「戒壇の大本尊」なる偽作板本尊を根本に据えて、本門の本尊・戒壇・題目という「三大秘法」(さんだいひほう)「日蓮本仏義」「唯授一人の血脈相承」という日蓮正宗の根幹の教義を完成させたのは、大石寺9世日有である。ただし大石寺9世日有が直接一人で行ったわけではなく、大石寺9世日有の説法を聴聞して書きとどめ「化儀抄」「有師御物語抄」を完成させた側近僧侶・南条日住がおり、さらに大石寺9世日有の説法を聴聞して記録した僧侶・吉奈連陽房、下野阿闍梨、筑前阿闍梨という僧侶がいた。しかし文献的に完成させたのは、大石寺9世日有の弟子で、元々は日興門下の富士門流の中でも、玉野大夫阿闍梨日尊の門流に属していたが、後に大石寺9世日有の門下に帰伏した、左京阿闍梨日教(本是院日叶)という僧侶であった。 左京阿闍梨日教は、元々の法名を本是院日叶(にちじゅう)と名乗っていたが、大石寺9世日有の門下に帰伏した後、左京阿闍梨日教と改名している。大石寺門流で、大石寺9世日有の弟子の左京阿闍梨日教は、「三大秘法」「唯授一人」「血脈相承」「金師相承」「金口相承」といった教義と同様、自らの著書「百五十箇条」「穆作抄」「類聚翰集私」等々の中で鼓吹・宣揚していった。

京都の日尊門流から大石寺9世日有の門に帰伏した僧侶・左京阿闍梨日教という人物は、「戒壇の大本尊」「三大秘法」「大石寺法主の血脈相承」「唯授一人の血脈相承」という日蓮正宗の根幹の教義形成に当たって、重要なカギを握るキーパーソンである。その左京阿闍梨日教(本是院日叶)が、いつ大石寺9世日有の門下に会下したのか。左京阿闍梨日教(本是院日叶)の教学は、大石寺教学なのか。日尊門流の教学なのか。あるいは他門流の教学なのか。どういう履歴を持つ人物なのかを解明することは、大石寺9世日有の偽作教学の謎を解明していく上で、重要なポイントである。ところが大石寺をはじめとする「日蓮正宗系」から富士門流、富士門流執着軍団、日蓮宗に至るまで、左京阿闍梨日教(本是院日叶)の教学や人物、履歴等について、誤った見解が多く横行している。左京阿闍梨日教(本是院日叶)は、大石寺の歴史、大石寺9世日有の教学から「戒壇の大本尊」「事の戒壇」「二箇相承」「日興跡条条事」「日蓮本仏義」「大石寺法主の血脈相承」「百六箇抄」等々において、重要なカギになる人物である。左京阿闍梨日教(本是院日叶)の教学は、大石寺教学なのか。日尊門流の教学なのか。あるいは他門流の教学なのか。どういう履歴を持つ人物なのかを解明することは、まことに重要であり、「アンチ日蓮正宗」においても、何度も言及しているところである。そこで左京阿闍梨日教(本是院日叶)は大石寺法主の血脈相承・唯授一人血脈相承・百六箇抄のキーパーソンであるが故に、今一度、左京阿闍梨日教(本是院日叶)の教学や人物、履歴等について、おさらいをしておきたい。

 

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百六箇抄は9世日有の偽作だ(122)~左京阿闍梨日教の教学は日真門流・堺調御寺教学ではない

■検証122・「富士門流執着軍団」や東佑介氏らの「百六箇抄」京都要法寺偽作説は誤りである15

 

「富士門流執着軍団」の左京阿闍梨日教教学=日真門流調御寺教学説は誤りである

 

本是院日叶(左京阿闍梨日教)の著書「百五十箇条」に説かれている教学を、大石寺9世日有の教学であることを否定したい「富士門流執着軍団」は、かつてこんな珍妙な説を唱えていた。

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(犀角独歩氏の妄説)

日教(日叶)は、最初、住本寺に負笈し、大石寺には1年足らず、その後、大石寺を去って、文明15年、堺調御寺4代日乗から宗義相伝書を面授。翌16年、「穆作抄」を著します。この経緯から考えるとき、日教の思想を師伝とすれば、日有というより、住本寺、調御寺としたほうが適切と言うことになりませんか。 (2009831日に犀角独歩氏がGREE「アンチ日蓮正宗」に書いた書き込み)

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一見すると、いかにももっともらしいことを書いているが、この書き込みは間違いだらけである。

まず第一に、本是院日叶(左京阿闍梨日教)は大石寺に1年足らずしかいなかった、などと書いているが、これはとんでもない誤りである。大石寺59堀日亨は、著書「隠れたる左京日教師」の中で、千葉県の富士門流本山・保田妙本寺に格蔵されている古文書を根拠に、1472(文明4)年ころには、本是院日叶(左京阿闍梨日教)は、大石寺9日有の「会下」(えげ)にいたと言っている。

日教は大石寺日有の会下にいた1


日教は大石寺日有の会下にいた2


日教は大石寺日有の会下にいた3
 

(大石寺59堀日亨は、著書「隠れたる左京日教師p1518)

「会下」(えげ)とは、辞書によれば「 師のもとで修行する僧。えか。」と載っている。堀日亨は、1472(文明4)年ころには、本是院日叶(左京阿闍梨日教)は、すでに大石寺9日有門下で「修行していた」と言っているということ大石寺9世日有は1482(文明14)年寂であるから、本是院日叶(左京阿闍梨日教)は少なくとも10年は大石寺9世日有門下にいたということになる。よって「富士門流執着軍団」の「本是院日叶(左京阿闍梨日教)は大石寺に1年足らずしかいなかった」との説は誤りである。

第二に、本是院日叶の教学は、住本寺の教学ではないかとの「富士門流執着軍団」説も誤りである。本是院日叶の著書「百五十箇条」の中では、日蓮本仏義、事の戒壇、本迹勝劣、釈迦如来像不造仏義に付いて言及している。本是院日叶在世当時の日尊門流は、上行院と住本寺に分立していた時代だったが、本是院日叶の出身寺院である住本寺は、造仏家であり、曼荼羅正意の教学ではなかった。本是院日叶が日尊門流教学を説いたとすれば、「百五十箇条」の中で不造仏義を説くはずがない。歴史上はじめて本迹勝劣を説いたのは、法華宗陣門流の開祖・日陣(13391419)が応永3(1396)に著した「選要略記」で、1400年以降、日陣は京都に上洛して本迹勝劣を主張し、以後、8年間にわたって本迹論争が起こった。これが日蓮門下における本迹論争の最初である。日蓮本仏義、事の戒壇を歴史上はじめて説いたのは大石寺9世日有である。したがって日尊の弟子・日大(13091369)を開祖とする住本寺教学に、日蓮本仏義、事の戒壇、本迹勝劣は存在していない。本是院日叶の教学は、住本寺の教学ではないかとの「富士門流執着軍団」説も誤りである。

 

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