アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ

正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」。創価学会や顕正会は勿論の事、その本家本元の日蓮正宗自体も「目くそ鼻くそを笑う」的なものだ。創価学会、SGIや冨士大石寺顕正会、正信会、その他の分派団体……これらの親元・生みの親・育ての親・本家本元は、日蓮正宗です。 伝統仏教の仮面をかぶり、国際人権規約(条約)違反の人権侵害を行い、信教の自由から逸脱した専横活動を行い、一般国民の信教の自由を踏みにじる弾圧を行うカルト宗教を規制する新立法・新条約制定を目指します。日蓮正宗、創価学会、顕正会をカルト宗教に指定して司法監視せよ。反日蓮正宗系活動はカルト宗教の専横・独裁・専政・弾圧に抵抗する現代の自由民権運動である。 (「日蓮七百遠忌大法会」終了後、記念撮影する大石寺67世阿部日顕ら日蓮正宗首脳僧侶と池田大作ら創価学会首脳・昭和56(1981)年10月17日付け聖教新聞)

総本山大石寺

□正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」です
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/29372252.html
□反日蓮正宗・反創価学会・反顕正会・反正信会路線の「アンチ日蓮正宗」
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_695541.html
「仏教宗学研究会」とは「アンチ日蓮正宗」管理人が設立した会の名称。この会の中で、「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。富士門流執着軍団批判は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄だが、「日蓮正宗系」以外の富士門流寺院の調査・研究は「仏教宗学研究会のブログ」の管轄。「仏教宗学研究会」への誹謗中傷に対する反撃・糾弾は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」から、カルト宗教対策、カルト宗教取締特別立法、カルト宗教拡散防止条約制定の活動部分を独立させたものが「国際カルト宗教対策委員会(Icat-Cult)」
□「アンチ日蓮正宗」「Icat-Cult」「仏教宗学研究会」は表裏一体の同体」
http://international-committee-against-cult.doorblog.jp/archives/1655529.html
□「国際カルト宗教対策委員会・公式ブログ」
http://international-committee-against-cult.doorblog.jp/
□「アンチ日蓮正宗」の5番目の批判ターゲットに「富士門流執着軍団」を指定
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/38818720.html
□「アンチ日蓮正宗」の基本方針・基本政策・メインテーマ
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□日蓮正宗とは伝統仏教の仮面をかぶるカルト・宗教詐欺集団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_1155403.html
□創価学会は伝統仏教の仮面をかぶるカルト・謀略政治団体である
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□冨士大石寺顕正会とは伝統仏教の仮面を被るカルト・暴力集団である
http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_496386.html
□妙観講とは伝統仏教の仮面をかぶるカルト・謀略集団である
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□日蓮正宗正信会とは日蓮正宗の仮面をかぶる創価学会の分派である
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□「富士門流執着軍団」とは伝統仏教の仮面を被る謀略軍団である
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□日蓮正宗・創価学会・顕正会・正信会は同じ穴の狢・同罪である
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□日蓮正宗管長・代表役員・大石寺法主への離檀宣告書の書式
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□日蓮正宗からの離檀1(離檀届)
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□創価学会からの脱会1(脱会届)
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□冨士大石寺顕正会からの脱会1(脱会届)
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□正信会からの脱会1(離檀届)
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□日蓮正宗批判・創価学会批判・顕正会批判は他のカルト宗教批判と構造が異なる
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□「アンチ日蓮正宗」は永世中立・非同盟・不偏不党・自主独立機関
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□アンチ日蓮正宗・コミュ・ブログ・管理人
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□「アンチ日蓮正宗」の主宰者・管理人は無宗教である
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□「アンチ日蓮正宗」はいかなる団体・宗派も支持しない・連合しない
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□「アンチ日蓮正宗」は単なる数合わせの政治的野合・連合体をめざさない
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□「『アンチ日蓮正宗』の内容は正確で、問題の本質をとらえている」と日蓮正宗の現役信者・元信者が認めている
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<協力要請>

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血脈相承は9世日有の偽作だ(30)~全く内容が正反対の「二箇相承」を書写している本是院日叶(左京阿闍梨日教)

■検証30・大石寺「唯授一人血脈相承」が偽作である証拠・「二箇相承」の大ウソ3

 

 □歴史的史実に反した記述がある本是院日叶(左京阿闍梨日教)の「二箇相承」写本

 

「二箇相承」の全文を載せた最古の文献は、1480(文明12)に本是院日叶(左京阿闍梨日教)が著書「百五十箇条」で引用している「二箇相承」である。それが以下に掲げるものである。

1480(文明12)  本是院日叶(左京阿闍梨日教)「百五十箇条」

「身延相承書 日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付属す、本門弘通の大導師為るべきなり、国主此の法を立てられば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ・事の戒法と謂ふは是なり、中ん就く我門弟等此状を守るべきなり

弘安五年壬午九月十三日、血脈の次第・日蓮・日興、甲斐国波木井山中に於て之を写す」

「池上相承 釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す、身延山久遠寺の別当為るべし、背く在家出家共の輩は非法の衆為るべきなり

弘安五年壬午十月十三日、日蓮御判、武州池上」

(日蓮正宗大石寺59世堀日亨編纂『富士宗学要集』2p182183)

183二箇相承初出1百六箇抄文本因妙教主某
 

ところがその左京阿闍梨日教は、長享2年(1488年)6月に書いた『類聚翰集私』、延徳元年(1489年)11月に書いた『六人立義破立抄私記』では、全く内容が異なる「二箇相承」を書写している。

1488(長享2)610日 左京阿闍梨日教「類聚翰集私」

「身延相承 釈尊五十年の説教、白蓮日興に之を付属す身延山久遠寺の別当たるべし、背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり

弘安五年九月十三日、日蓮在御判、血脈次第日蓮日興、甲斐国波木井山中に於いて之を図す」

「池上相承 日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付属す本門弘通の大導師たるべきなり、国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立すべきなり、時を待つべきのみ、事の戒法とは是なり、中んづく我門弟等此状を守るべきなり、

    弘安五年壬午十月十三日、日蓮御判」

(日蓮正宗大石寺59世堀日亨編纂『富士宗学要集』2p314315)

315二箇相承・産湯相承事初出
 

1489(延徳元年)114日 左京阿闍梨日教「六人立義破立抄私記」

「身延相承 釈尊五十余年之説教、白蓮日興に之れを付属す、身延山久遠寺の別当為る可し、背く在家出家共の輩は非法の衆為る可き者也

弘安五年九月十三日、日蓮在御判 血脈の次第日蓮日興 甲斐国波木井郷の山中に於て之れを図す」

「池上相承 日蓮一期の弘法白蓮阿闍梨日興に之れを付属す、本門弘通之大導師為る可き也、国主此の法を立て被れば富士山に本門寺の戒壇を建立為す可き也、時を待つ可き於耳、事の戒法と謂ふは是れ也、中ん付く我か門弟等此の状を守る可き也

    弘安五年十月十三日 日蓮在御判」

(日蓮正宗大石寺59世堀日亨編纂『富士宗学要集』4p44)

45二箇相承文
 

 

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大歓寺を斬る(6)~法華講員同士の抗争に火を付けた大歓寺住職・須賀法重氏の不用意・時代錯誤的差別発言

■特異な“お荷物寺院”大歓寺と法華講大歓寺支部の非常識極まりない体質・素顔を暴く6

 

□法華講員同士の抗争に火を付けた大歓寺住職・須賀法重氏の不用意・時代錯誤的差別発言

 


日蓮正宗vs創価学会の第1次紛争から数えて、十年以上が経った1989(平成1)12月、ようやく大歓寺「檀徒」を組織化した「法華講大歓寺支部」が結成されたのだが、この十年越しの法華講支部結成に至った理由の第1は、1980年代後半に入ってから、大石寺内事部から、「法華講支部が未結成の大歓寺「檀徒」に対して、霊宝虫払い大法会や御大会の入場券は出せない」と拒否されるようになったこと。かくして44世帯で結成された法華講大歓寺支部の講頭には、古参信徒のNM氏が大歓寺初代住職・須賀法重氏から指名された。

 

26須賀法重葬儀12


26須賀法重葬儀13
 

(大歓寺住職・須賀法重氏の命令で法華講講頭になったことを明かす・大歓寺情報紙『大歓寺だより』より)

副講頭には、これまた古参信徒のSY子氏、幹事にはIH(女性)IM子氏、KM氏、IK氏らが就任した。ところが法華講支部結成から半年も経たない1990(平成2)年春、NM氏が講頭を突然辞任してしまう。NM氏自身が、須賀法重氏の葬儀の弔辞で、須賀法重氏の命令で法華講講頭に就任したことを明かしているが、この突然の辞任の理由は全くあきらかにしていない。

この緊急事態に、法華講大歓寺支部では、大歓寺で緊急の支部座談会を開催。新しい講頭には、副講頭のSY子氏が、新しい副講頭にはIH(女性)が法華講員から推挙された。ところがこの支部座談会に座っていた住職・須賀法重氏は、居並ぶ法華講員を前にして、「(新しい講頭は)女じゃダメだ」などと発言。この須賀法重氏の、不用意な、かつ時代錯誤的差別発言に、法華講員が仰天せんばかりに驚く。しかし、だからといってSY子氏以外の人物が見あたらず、結局、新しい講頭にはSY子氏が、新しい副講頭にはIH(女性)が、大石寺67世阿部日顕法主(日蓮正宗管長)から認証された。ところが、この緊急支部座談会での大歓寺初代住職・須賀法重氏の「(新しい講頭は)女じゃダメだ」との不用意な、かつ時代錯誤的差別発言が、大歓寺・法華講員同士の『内紛』に火をつける結果になった。どういうことかというと、緊急支部座談会で、須賀法重氏が法華講員を前にして「(新しい講頭は)女じゃダメだ」と発言したにもかかわらず、SY子氏が講頭に就任したことから、法華講員が、あたかもSY子氏が、大歓寺初代住職・須賀法重氏に無断で講頭に就任したかのような印象を持ってしまったのである。この座談会に出席した法華講員は、何か事ある毎に、「住職(須賀法重氏が) 女じゃダメだ、と言った」などと、須賀法重氏の不用意な差別発言を取り上げるようになる。実際は、SY子氏の講頭就任は、法華講大歓寺支部指導教師・大歓寺住職・須賀法重氏が承認し、大石寺67世阿部日顕法主(日蓮正宗管長)から認証されている。しかし須賀法重氏の「(新しい講頭は)女じゃダメだ」との不用意かつ時代錯誤的差別発言により、講頭・SY子氏の法華講大歓寺支部講頭としての“権威”が完全に失墜してしまい、法華講員をはじめ法華講支部役員すら、SY子氏に対して敬意をはらわなくなり、講頭・SY子氏VS副講頭・IH(女性)の“抗争”をはじめ、大歓寺・法華講員同士の『内紛』が勃発したのである。

 

須賀法重5
 

(大歓寺初代住職・須賀法重氏)

 

 

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大歓寺を斬る(5)~創価学会婦人部員に「創価学会を脱会して大歓寺に入りたい」と相談に来た信徒の相手をさせていた須賀法重氏

■特異な“お荷物寺院”大歓寺と法華講大歓寺支部の非常識極まりない体質・素顔を暴く5

 

□創価学会から接待漬けにされ創価学会の腰巾着僧と化していた大歓寺初代住職・須賀法重氏

 

日蓮正宗vs創価学会の第1次紛争、いわゆる「創価学会の昭和五十二年路線」を発端とする紛争で、最初に創価学会を脱会して大歓寺の「檀徒」になった人が誕生してから数えて、十年以上が経った1989(平成1)12月、ようやく大歓寺「檀徒」を組織化した「法華講大歓寺支部」が結成されて、日蓮正宗宗務院の認可が下りた。日蓮正宗からすると「とにもかくにも、法華講支部が結成されたんだから、いいじゃないか」ということになるが、そんな悠長な話しではない。

なぜなら、まず第1に、当時の大歓寺初代住職・須賀法重氏は、創価学会幹部の完全な「腰巾着」僧と化していた。須賀法重氏は、大歓寺住職に就任した1968(昭和43)年以来、創価学会との「友好関係」「蜜月関係」を最も重要視しており、大歓寺総代は、大歓寺創建以来、1991(平成3)年の「宗創戦争」(日蓮正宗vs創価学会の第2次紛争)がはじまるまで、3人とも創価学会幹部。大歓寺に「檀徒」が誕生した後も、3人の総代は、全員が創価学会幹部であった。

そして須賀法重氏は、創価学会幹部である大歓寺総代との「友好関係」に特に重点を置き、創価学会幹部は、須賀法重氏を完全に「接待漬け」状態にしていた。つまり創価学会幹部に「接待漬け」にされていた須賀法重氏は、とどのつまりは、須賀法重氏は創価学会幹部に籠絡(ろうらく)され、完全な創価学会の腰巾着僧と化していた。ところが、当の須賀法重氏は、全くそんな意識はなかったようで、毎月の御講の説法の席で、公然と「創価学会の幹部と呑みに行った」と説法していた。否、それだけではない。199012月までの「宗創和合時代」のころの大歓寺の毎月の御講、新年勤行会、彼岸会、盂蘭盆会、日蓮誕生会、立宗会、御難会、御会式は、創価学会員で埋め尽くされ、須賀法重氏は、参詣の創価学会員の前で、池田大作や創価学会のことを話題に出して褒めちぎる。あるいは聖教新聞の記事を話題に出して、創価学会員の歓心を誘おうとする。

「こういう説法をしていると、御供養がうんと増えるんだ」と、須賀法重氏がポロリと親しい信徒や大歓寺の寺務員の前で本音を漏らしていた。つまり、須賀法重氏は、大歓寺の説法で、創価学会員を前に、池田大作や創価学会、聖教新聞のことを褒めちぎっていれば、莫大な供養金が須賀法重氏の懐に入ってくるのだから、布教など面倒、法華講や檀徒など数も少なくて面倒だから必要はない、という考えだったようである。そして夕勤行を済ませた後は、毎晩、須賀法重夫人と晩酌。というより、須賀法重氏夫妻には子供がおらず、須賀法重夫妻の楽しみは「酒」。毎日、晩酌しては酒、創価学会幹部に接待されては酒。さらに朝食、昼食から須賀法重氏は、酒を呑み、須賀法重氏は毎日、酒浸りの生活になっていた。須賀法重夫人は、体が弱くて家事ができなかったため、須賀法重氏は、大歓寺庫裡の掃除、洗濯、食事の支度等の家事をやってもらうために、数人の女性を「寺務員」として雇い入れていた。この寺務員が須賀法重氏の酒浸りの生活を目撃しており、この寺務員が、須賀法重氏の酒浸り生活の実態をペラペラ喋りまくり、「大歓寺住職は、酒ばっかり呑んで酒浸り」「酒ばかり呑んでいる生臭坊主」との須賀法重氏の悪しき評判が、近所の一般人から横浜市旭区、瀬谷区、泉区、保土ケ谷区、大和市近辺の創価学会員まで広まっていた。

 

 

 

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日蓮正宗と妙信講(顕正会)の教義以外の和解で日蓮正宗と顕正会の関係は日蓮正宗と他宗派、顕正会と他宗派の関係と同じになっている

□教義論争・問答・布教活動において決せられる教義解釈の問題については裁判所は介入しない

 

日蓮正宗、創価学会、顕正会、正信会の関係がどうなっているのかを検証する上で、1977(昭和52)420日の日蓮正宗と妙信講(現・顕正会)の「和解」はまことに重要である。

この「和解」について、日蓮正宗宗務院は「通達」の中で

「裁判上の和解といっても、決して仲直りするとか許すとかの妥協的な意味を持つものではなく、要はかかる事件は、その本質が宗教教義の解釈に関することがらであって、本来、裁判所が立ち入るにふさわしくないこと、従って双方の主張の当否は、今後の双方の宗教活動を通して、おのずから明らかにされるべき性質のことがらであることを前提として、法廷の場における争いを止め、訴を取り下げるということが骨子となっている」

 

裁判上の和解
 

(1977(昭和52)516日付け「大白法」)

などと言っているが、これは本質をはぐらかした、ごまかしの説明である。

この裁判上の「和解」であるが、民事訴訟法267条には

「和解又は請求の放棄若しくは認諾を調書に記載したときは、その記載は、確定判決と同一の効力を有する」

 

267民事訴訟法・和解
 

(「六法全書p1721/民事訴訟法267条」

とあるように、裁判上の「和解」は、確定判決と実質的に同一である。

この「和解」の中で、重要なポイントがいくつかある。その第1は、

「一、 紛争の核心が宗教上の教義解釈の相違にもとづくものであって、裁判所の判断により最終的に解決されるべき問題ではなく、むしろ今後それぞれの宗教活動の成果によって当否を決せらるべき事柄であることを相互に確認する」

とあるように、裁判所は、宗教上の教義解釈の問題については、不介入であるということ。これは、日蓮正宗vs妙信講(顕正会)の紛争のみならず、日蓮正宗vs正信会の紛争でも、重要なポイントとして登場する。つまり宗教上の教義解釈の問題は、「今後それぞれの宗教活動の成果によって当否を決せらるべき事柄」、つまり日蓮正宗と妙信講(現・顕正会)の教義論争・問答・折伏活動において決せられる、ということ。もっというと、教義論争・問答・布教活動において決せられる教義解釈の問題については、裁判所は介入しないのである。さらにつづけて和解条項の中に

「五、当事者全員は、本件和解が、それぞれの宗教上の立場および活動の正統性についての承認、もしくは制約を意味するものでないことを、それぞれ確認する」

とあるが、これは、日蓮正宗と妙信講(現・顕正会)でくりかえされている「オレが正しい」「オマエは間違っている」「オレの方が絶対唯一正しい」…の独善的教学論争を何ら妨げるものではないということ。この中に、日蓮正宗ないしは日蓮正宗系宗教団体が、「唯一絶対正しい宗教」の代名詞・固有名詞に使っている「日蓮正宗」「富士大石寺」の名称使用問題が含まれる。つまり顕正会が自分たちの正統性を主張する中で、「日蓮正宗妙信講」「日蓮正宗顕正会」「富士大石寺顕正会」と名乗っても、日蓮正宗はこれを制約できない、ということになったわけである。

顕正会がさまざまな社会的事件を起こす度に、日蓮正宗と顕正会の歴史的経過がマスコミ等で報道され、そのたびに日蓮正宗は「顕正会とは無関係」とのコメントを出している。

 

4無関係通達1


4無関係通達2
 

(200674日に日蓮正宗宗務院が発した「顕正会は宗門(日蓮正宗)とは無関係」とする通達)

日蓮正宗は、「顕正会は宗門とは無関係」との通達は何度も発しているが、宗教法人・顕正会を相手取って「日蓮正宗、ないしは富士大石寺の名称を使うな」との訴訟を一度も提起したことがない。それは1977(昭和52)420日の日蓮正宗・妙信講(現・顕正会)の和解条項の中に

「五、当事者全員は、本件和解が、それぞれの宗教上の立場および活動の正統性についての承認、もしくは制約を意味するものでないことを、それぞれ確認する」

「今後再び、同種もしくは反訴の性質を有する訴訟の提起その他何らの法律上の手続きをとらないことを相互に確認する」

との条項があるからである。

 

今後裁判をしない・宗教活動無制約
 

(1977(昭和52)516日付け「大白法」に載っている日蓮正宗と妙信講の和解書)

 

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1977(昭和52)年4月20日、日蓮正宗と顕正会(妙信講)は教義問題以外は「和解」している

1974年の妙信講解散処分から3年後に和解した日蓮正宗と妙信講・浅井甚兵衛・昭衛父子

 

現在、日蓮正宗と日蓮正宗から派生した創価学会、顕正会、正信会が、さも泥仕合的な抗争をしていると思っている人たちが多いようだが、日蓮正宗、創価学会、顕正会、正信会の関係がどうなっているのか、について正確に把握しておく必要がある。

その中で日蓮正宗と顕正会(妙信講)の関係について言うと、1977(昭和52)420日、日蓮正宗と顕正会(妙信講)は教義問題以外は「和解」している事実を把握する必要がある。

 

16)


16)
 

(1977(昭和52)516日付け「大白法」に載っている日蓮正宗と妙信講の和解書)

日蓮正宗と顕正会(妙信講)の関係であるが、両者は、1970(昭和45)年以来、正本堂の意義付け問題、国立戒壇の名称について、「本門事の戒壇」の定義について、日蓮正宗、創価学会、妙信講(顕正会)が、三つどもえの抗争を繰り返してきた。

1970(昭和45)53日、東京・両国の日大講堂での創価学会本部総会の席上で、大石寺66世細井日達法主(日蓮正宗管長)が、「今後、国立戒壇の名称を使用しない」と宣言。

 

3-1創価学会本部総会1


3-2創価学会本部総会2
 

(「日達上人全集」第2輯第5巻に載っている1970(昭和45)53日、東京・両国の日大講堂での創価学会本部総会の「今後、国立戒壇の名称を使用しない」宣言)

 

 3大石寺66世日達特別講演1国立戒壇名称不使用宣言

(1970(昭和45)54日付け聖教新聞に載っている1970(昭和45)53日、東京・両国の日大講堂での創価学会本部総会の「今後、国立戒壇の名称を使用しない」宣言)

1972(昭和47)428日、大石寺66世細井日達法主(日蓮正宗管長)が日蓮正宗の全僧俗(日蓮正宗僧侶・寺族・法華講員・創価学会員・妙信講員)に「訓諭」を発令。その中で正本堂の意義付けについて

「正本堂は一期弘法付嘱書並びに三大秘法抄の意義を含む現時における事の戒壇なり。即ち正本堂は広宣流布の暁は本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり」

と宣言した。

 

28-1正本堂・事の戒壇・本門寺戒壇・訓諭
 

(「日達上人全集」第2輯第1巻に載っている1972(昭和47)428日、大石寺66世細井日達法主(日蓮正宗管長)が日蓮正宗の全僧俗に発令した正本堂の意義付けについての「訓諭」)

 

28訓諭・正本堂の意義付け
 

(1972(昭和47)429日付け聖教新聞に載っている1972(昭和47)428日、大石寺66世細井日達法主(日蓮正宗管長)が日蓮正宗の全僧俗に発令した正本堂の意義付けについての「訓諭」)

浅井甚兵衛講頭・浅井昭衛理事長(当時)父子が率いる妙信講は、この二つの日蓮正宗の公式決定に異議を唱え続け、信伏随従することを拒否。デモ行進や暴力事件を起こし、1974(昭和49)812日、日蓮正宗は、妙信講を「講中解散」処分にする。さらにつづけて妙信講の浅井甚兵衛講頭・浅井昭衛理事長(当時)ら最高幹部を「信徒除名」処分にする。さらに妙信講・浅井父子を支持しつづけてきた妙信講の所属寺院・妙縁寺住職・松本日仁氏、隠居僧になっていた八木直道氏を「擯斥処分」とした。

 

12妙信講解散1
 

(1974(昭和49)812日の妙信講解散処分を報じる(1974(昭和49)915日付け「大白法」)

これにより日蓮正宗管長(大石寺66世細井日達法主)、日蓮正宗宗務院、妙縁寺後任住職(久保川法章氏)と妙信講、浅井甚兵衛・浅井昭衛、松本日仁、八木直道の紛争は、裁判の訴訟合戦に発展。さらに世間巷では、創価学会員と妙信講員の紛争、妙信講員と日蓮正宗寺院のトラブル、さらに大石寺法主の本尊を下付されなくなった妙信講員が、創価学会員宅から曼荼羅本尊を強奪するといった事件まで発生。完全に泥試合と化していった。

1975(昭和50)75、法華講連合会青年部「目通り」の席で、大石寺66世細井日達法主は、延々とつづけた妙信講批判説法の中で

「元妙信講が日蓮正宗と名乗ることだけは、今日限りやめてもらいたいのです。法律がどうのこうのという問題とは別の次元で、管長として、法主として、もはや日蓮正宗信徒でない者が、日蓮正宗という名称を使うことを止めよと命ずるのであります」

 

5元妙信講について3日蓮正宗を名乗るのを止めよ
 

(「日達上人全集」第2輯第6巻に載っている1975(昭和50)75日、法華講連合会青年部「目通り」の席での妙信講批判説法)

と言っている。

 

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